3話「部活動見学」
「今から、見学しに行くと思うんだけど、その前に「さん」付け呼びやめない?」
さん付け呼びをやめるのに少し抵抗がある。
凄く仲が良い友達ならば、「愛美」や「南條」って言えるとは思うが、現状、中学時代に全然喋ってないところからの久し振りすぎる、南條愛美との会話だったので、呼び捨てなどで呼んでいいのかと気が引けてしまう。
「私的には、喋るの久し振りすぎるからさ、遠慮しちゃうんだよね」
「そうだとは思うけど、私としては「さん」付けされると他人行儀みたいで落ち着かないから、やめてほしいかも」
「そこまで言うならわかったよ。じゃあ、愛美」
「うん、それでいいよ。じゃあ、行こうか」
そのまま2人並んで歩き始めた。
1週間は部活動見学が許されてると入っても校内や校庭の部活を見学をしている人はまばらで、見た感じという体感にはなってはしまうが人は少なく感じられた。
高校生ともなれば、アルバイトなどができるようになるために部活をやるよりも、アルバイトをやりたいと選択する人が多いのは事実だ。
だからこそ、高校で部活をやるとなれば青春の楽しい特別な時間を捨てる覚悟がある人がやるべきなのだろう。
内申点や成績でやる甘い考えは捨てた方がいいと言えるし、もしそういう気持ちでやっているのであればアルバイトや受験勉強に精を出すのがいいと思われる。
「ここだね」
手元のパンフレットを確認しながら南條愛美が呟く。
扉の窓枠に手書きでこう書いてある『水泳部練習中!気軽に見学してね』と。
しかし、桜坂花蓮は中学時代の寒い時期での練習を思い出し、心の中で思う。
『この時期、平日の水泳部の練習って、体力作りだよね。それを見て、初心者は水泳に興味を持ったりするのかな…でも、中学の時の見学していた時も筋トレとかランニングしてたんだよね…こればかりはしょうがないかな』
いくら泳ぐことが目的の水泳部といえど4月の少し肌寒い季節にプールで泳いでいるわけがない。
じゃあ、この時期の水泳部は基本的には何をしているのか?と疑問になると思うんだが、ここで説明したいと思う。
基本的に、春、秋、冬といった学校のプールが使えない期間は、走り込み、腹筋、スクワットなどの体力作りをする事が多い。やる事の内容は、学校によっては違うこともある。学校のプールが使えないから、一切泳がないわけではなく、土曜や日曜にスイミングスクールにお願いをして、何レーンか貸して貰い泳ぐこともある。
本来であれば、部活動見学の際は泳いでいる姿を見てもらいたいのは水泳部としての本音ではあるが、この時期の水温はとても低い上にプールの水がそのままの場合は濁っているし、逆に抜いてある場合はとてもじゃがないが汚いのだ。
そして、南條愛美は扉に手をかけ、水泳部の部室を開けると同時にこう思った。
『3年間、トラブルがなく水泳を楽しめますように』
「失礼します」
「失礼しま〜す」
部室の中に入ってみると、部員の人達が腹筋やスクワットをしていた。
桜坂花蓮の予想は的中しており、学校は違えど、考えてる事やっている事は同じなんだと心の中で思っていた。
そんなことを考えている時に、南条愛美が小声で話を掛けてきたのは同時だった。
「中学時代とやっている事が変わらない」
「う〜ん、それはしょうがないんじゃない。だって、この時期にやる事ないし」
「まあ、それはそう」
と、部活を真面目にやっている先輩方の邪魔にならないように部屋の隅っこで話をしていると、2人の事をじっと見つめている先輩がいる事に気が付いた。
特に見るつもりはなかったのに少し気になってしまい、桜坂花蓮はその先輩の事を一瞬見た時に、目が合ってしまう。『あ、まずい』と思ったが、時既に遅し、先輩は近づいてきてしまった。
髪がとても綺麗で長く、長い前髪は掛けている眼鏡の邪魔になってしまっている感じはしているが、不思議な目と期待な眼差しを向けられ『もう、逃げれない』と思い、桜坂花蓮は口を開いた。
「なんでしょうか?」
「う〜ん、私の予想なんだけど2人は元水泳部だったりする?」
「そうですけど…どうしてそう思うんですか?」
と南条愛美もこの会話に参加してきた。
確かに、その事に関しては桜坂花蓮も不思議には思っていた。
この2人は他にいる見学者の生徒と同様にただ見ていただけだからだ。元水泳部だと思われることは1つもしていない。
「理由?簡単な事だよ。他の子は不思議そうに見たりしているのに、貴女達、2人だけはそうじゃなかった…で、そこからは少し頭を捻って考えればわかる事…つまり、水泳部がプールに入れない時期に何をしているか?なんて、元水泳部の人しか知らないんだから…で、正解なの?」
「そうです。私と彼女は中学の時に水泳をやっていました」
「やっぱりかぁ〜あ、自己紹介がまだだったね。私は
『まだ、入部するとは一言も言ってないんですけど』と心の中で桜坂花蓮は思ってはいたが、相手、しかも先輩に自己紹介をされたのに、返さないのは失礼だと思い、名前を名乗った。
「桜坂花蓮です。得意種目はクロールで距離は100mと200mです。」
「南条愛美。得意種目はクロールで、距離は200m以外は泳がないつもりではいます。人が多いなら、違う種目も考えますが、基本は1つの種目に集中したいと思ってます。不得意な種目ないです。全部、いけます」
「なるほどね〜」
2人をまじまじと見つめなが、そう言った。
まるで、私達に期待をしていると感じ取れてしまうほどにとても眩しい目をしているように見え、その目が桜坂花蓮には怖い目に見えた。
「じゃあ、取り敢えず、入部するなら担任の先生に伝えてね。私、いや、水泳部は大歓迎だから!それじゃ、部活に戻るから」
そのまま、私達の元から離れてはいったが、期待される眼差しが桜坂花蓮を不安にさせる。
『期待される』ということは『期待に応えなればいけない』というプレッシャーが付き纏うし、そのことを考えるだけでも心が押しつぶされそうな気持ちになってしまう。
それに耐えられる自信がないと桜坂花蓮は思った。
中学3年生の時に新入生にすら、負けてしまう実力しかないのに期待されても返せるものがないし、南條愛美のような周りからの期待に応えれてしまう存在が身近にいるともっと、『私は…』と後ろ向きな考え方になってしまう。
それでも、もう一度だけ、水泳に対して本気で向き合う青春を謳歌してみたいと、南條愛美から背中を押されて思ったのだ、今度は、諦めないと。
「部活の見学の時間がもうそろそろ終わるから帰ろう」
そんな気持ちになっている事は知らない、南条愛美は話掛けてくる。
少しだけ、驚いてしまったが「そうだね」と言い、平静を装う。
扉を開け、田崎怜奈と目が合ってしまい、桜坂花蓮は軽く一礼をして扉を閉めた。
そのまま、来た道を引き返しながら、昇降口に引き返す。
南條愛美は桜坂花蓮の表情の変化、そして、足取りの重さに気がついていた。
それは、田崎怜奈と喋り始める前のこと、目があって近付いてくる時には桜坂花蓮の表情が怯えているのに気がついてはいたけど、桜坂花蓮はそれを誤魔化し平然を装うとしているのがバレバレであった。
聞こうとは思ってはいたけど、あの場ではなかなか、込み入った話も出来ないため、聞けずにいたが昇降口にさえ来てしまえば、安心して話し合うこともできるだろうと考えたわけだ。
「何か考え事?さっきから、険しい顔をしているけど、余計なことを考えてる?」
「余計なことというか、なんと言ったらいいか…」
「ちゃんと答えて」
南条愛美は桜坂花蓮の顔を両手で挟んできて、『何?この状況?』と陥る桜坂花蓮であったが冷静になって考えてると、『落ち着け!』と遠回しに言われているように感じた。
「わかったよ、答えるよ」
手を振り解き、1人で悩んでいた事を話すことでしか終わらない状況になってしまった。
「私は話し掛けてきた先輩の目が怖かった…経験者だから未経験者よりも出来るでしょと遠回しに期待している感じが昔から苦手で…期待に応えなきゃ、失敗は出来ないなと思っちゃって…」
「失敗してもいいんじゃない」
「そう言えるのは、愛美が速いからでしょ!」
「私も失敗する時はするし、負ける時は負ける。誰にも負けないって自分自身を鼓舞しないとやっていけない時が多いよ…花蓮と同じで私も不安なんだよ」
「不安?愛美が?」
「私よりも速い人が突然現れたりしたら、私なんていらなくなるよ…そんな日が来ない事を密かに祈ってはいるけど…」
南条愛美は俯きながら語る。それは、中学時代にリレーと200m自由形でエースとして活躍していた頃に俯く表情など見たことがなかったからだ。
いや、見たことがないんじゃない、見せなかったんだと気が付く。
同じ中学の部活動ではエースだったかもしれないけど、大会で他の中学の人に勝てない試合もあったし、それで全国大会を逃したことがあるのを思い出す。
それで、泣けないわけがない、悔しいわけがない、大会で成績を残し、関東大会や全国大会で結果を残すのは、水泳部に限らずどの部活でも目指す最終目標なのではないか。
『行けなかったね、残念』で簡単に終わってしまうほど、心の整理はあっさりと仕分けがつくものではない。
「そっか、やっぱり愛美でもそう思うんだね」
「私だって、人間だし、完璧なわけじゃないから…だからさ」
握り拳を桜坂花蓮の前に突き出して、不安を掻き消すような表情で言った。
「後悔しないような3年間にしよう」
「そうだね」
『隣で肩を並べられるように頑張りたい』という気持ちを込めて、握り拳を返した。
家に帰宅する途中でどう親に話を切り出すかの試行錯誤をしていたのは何故?かといえば、親に高校に入学する前にこう言ってしまったからである「水泳部というか部活はもういいかなって思ってる。アルバイトとかしたいし、普通の青春を送りたいかな」と親に言ってしまったために『やっぱり入ります』では都合が良すぎるだろうと思っている面もある。
それに加えて、中学生の時に水泳部を引退する時にスイミングスクールに通いのも辞めるはずだったのにも関わらず、「花蓮が泳ぎたいなら続ければ…学校で色々あったらしいけど泳ぐのは好きでしょ」と言ってくれたので、今でも通い続けてくれているのにも関わらずに無神経な発言をしてしまったことも桜坂花蓮が言いにくいことに繋がってしまってはいるが、『また、部活に入りたい』と思ったいじょう、言わない訳にはいかないのだ。
そんな考え事をしながら自転車を漕いでいると、自分の家が見えてくる。
2階建ての家で、庭はなし、駐車場があり、普通車が2台、軽自動車が1台停めれるスペースが確保されており、雨除けの屋根も用意されていた。
父親は主張中であり、家には不在。夏季や冬季の休暇の時に戻ってくることが多い。なので、母親と二人暮らしをしているような感じになってしまっている。
本当は、引っ越しも考えたが桜坂花蓮が友達と離れ離れになることや新しい環境で慣れなかったらどうしよう、と考え母親と共に残ることになった。
自転車を定位置に停め、玄関の鍵を開け、2階へと駆け上がる。
リビングの前で一旦止まり、母親に言うために深呼吸をすることにし、冷静になると同時に扉を開けると、そこには桜坂花蓮の母親、
「ただいま」
「おかえり。今日は遅かったんじゃない?」
「ん、うん。今日は愛美に部活見学を誘われて行ってたから、遅くなった」
「そう」
それ以上、何も言われる事もなく数秒が過ぎた。『部活に入りたい』と言いたいのに口がチャックで閉じられたようにびくともしない。
そして、時計の針の音が部屋に鳴り響く『カチカチ』と夏に聞こえる蝉の鳴き声のようにうるさく、うざったく、今日は聞こえてしまう。
手に汗が纏わり付くのを感じる。もう一度、深呼吸をした、緊張を整え、口を開け言葉を繋げる。
「部活、入りたいんだけど。いいかな」
「それは、本気でやるって捉えていいってこと?」
「も、もちろん」
「本当に?中学の時みたいに適当に部活をするなら、今のようにスイミングスクールで泳いでいた方のがいいんじゃない?」
確かに泳いで楽しむだけなら、スイミングスクールで泳いでいる方が気が楽だ。
なんの大会にも出ずに、誰とも勝負しない、勝ち負けも発生しない平和な世界。でもそこに、水泳をする価値はあるのか?と思ってもしまう。
県大会、関東大会、全国大会、には数多の速い水泳選手がいる。その人達と勝負もせずにここで燻っていいのか?いや、戦いたい、理想としていた青春を投げて捨ててでも情熱をかけてみたいと思ったから、南條愛美の誘いを断らなかった。心の中で、まだ、スイマーとしての血が騒いでいたから。
「今度は本気だよ。お母さんも見ててよ」
桜坂由紀は桜坂花蓮の目を瞳をじっと睨みつけているが如く見つめていた。
手は震え、足も震えているけど、桜坂花蓮は桜坂由紀の目を瞳を見つめ返す。
「本気なのは伝わったよ。自分が納得する泳ぎができることを祈ってる」
「ありがとう。じゃあ、部屋に戻るね」
リビングを出で、扉に寄りかかって溜息をついてしまう。
「お母さんの目が田崎先輩に似てて怖かった…」
誰もいない、廊下に独り言を呟く。
桜坂由紀は、学生時代に水泳をやっており、全国大会まで行って、その後に先生になり水泳顧問をしていたという話を父親から聞いたのを思い出す。
だからだろうか、田崎怜奈と桜坂由紀から似たものどうしだと思ったがそれ以上は気が付けなかった。
2人の共通点なんて簡単であり、部活に一生懸命な人ならば気がつく人もいるかもしれない、だけど、桜坂花蓮はまだ、そこの考えまでいってもいないため、仕方がないことだろう。
2人の共通点、それは『水泳に青春を捧げている』その一言に尽きる。
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