第16話 楽しい領地改革計画
「他に言っておきたいことはあるか? ハナコ」
「そうだな、実はわたしには『やりたいこと』がある。それを許可してくれるのならば今回の話を受けたいと思っている」
「『やりたいこと』とは?」
ロランの水色の瞳が花子のことを見た。それを見つめ返して、そのサファイアの瞳は不敵に光り輝く。
「『領地改革』」
「うん?」
「すなわち、この領地エリスフィアにわたしの思想を広め、領民達に洗脳をほどこすことがわたしの望みだ!」
意気込んで話す花子に、ロランはしばしその言葉が理解できなかったかのように考え込んだ。そして思考が追いついたのか冷静に口を開く。
「いや、だめじゃないか。それは」
「だめか」
「だめだろう、それは」
二人はしばし見つめ合う。花子はじっとロランの瞳を見つめた。それは見るだけで人の同情を誘うような懇願の瞳ーー、ではない。ただの凝視である。そこには「だめなら仕方ない、契約不成立か。でもせっかくおいしい話だからもうちょっと様子を見てみるかな」という打算しか込められていない。しかしロランはそうは受け取らなかったのか、それとも無言の凝視による圧に屈したのか気まずげに頭をかいた。
「いや、うん……、あー、よし、とりあえずもう少し詳しく話を聞こう。聞く前に否定するのはよくない。よくないな」
「ロラン様、良い人すぎます」
花子の近くに控えて立っていたケイトがぼそりとつぶやいた。
「それがロラン様の良いところでございます」
レスターは誇らしげにうなずいてみせた。
「それは『洗脳』ではなく、『教育』と『助言』だな。まぎらわしい言い方をしないでくれ」
そして花子の計画を聞いたロランはあきれたようにそう息を吐き出した。
花子が話した計画の一部はこうだ。
ひとつ、衛生環境の整備。
ふたつ、治癒魔法に頼りすぎない治療システムの構築。
みっつ、便利な道具の開発。
「ああ、それと女神教の布教もしたい」
ついでに花子はそう付け加えた。忘れると後の女神からの怒りが怖いからだ。それにロランは
「うん? ああ、まぁいいぞ」
あっさりとうなずいた。花子は目を見開く。
「え」
「え?」
「いいのかい?」
「ああ、かまわない」
花子はぽかんと口を開けた。
どうせ断られると思って言った言葉だったからだ。
当たり前だが他宗教が入り込むのを嫌がる権力者は多い。それは自分がコントロールできない概念の流入であり、これまでのルールが適応できなくなる可能性が高いからだ。
それをこんなにあっさりと。
「ちょっと優男が過ぎるんじゃないか」
「その『やさお』というのはよくわからんが、まぁ、受け入れられるかどうかはわからんがやるだけなら自由だ」
そしてロランはこのアゼリア王国での宗教の説明をしてくれた。
この国の宗教は精霊教と呼べるようなものらしい。明確な宗教の名前はないが、すべての精霊を神としてあがめており、その中で特に有名な精霊がいくつかいるというような形のようだ。皆がそれぞれ自分の信じる精霊をあがめているため、余所から来た神に対しても非常に寛大で、そういう神もいるよねー、という感じで受け入れられるらしい。
(まるで日本だな)
多神教でよその神も受け入れる。独特の価値観だ。
(あれ? でも確かアゼリア王国は女神教じゃなかったか?)
確かゲームでは最後に教会におもむき女神と面会して願いを叶えてもらうイベントがあったはずだ。
(いや、でもそもそも女神教はリジェル王国が発祥のはず)
これはゲーム知識ではなく、十六年間リジェル王国の貴族として過ごす中で身につけた知識だ。
国の歴史を学ぶ中で『女神はリジェル王国の初代国王を守護していた』という記載があった。つまり発祥はリジェル王国ということである。
つまり、アゼリア王国が女神教となるにはリジェル王国からの輸入が必要なわけである。
(……ということは今回わたしが持ち込まなくてもなんらかの理由で女神教はいずれ輸入されるということか)
ならいいか、布教しても。
少しくらい予定が早まってもたいした違いはないだろう。
「まぁ、それはそれで問題もあるのだが……」
花子が一人で納得していると、ロランはそう重たいため息をついた。
「問題?」
その言葉に花子は首をかしげる。彼は憂鬱そうに首を横に振った。
「実は高利貸しや怪しげな宗教が横行しているんだ」
「おやまぁ」
窓から見た時は綺麗な領地だと思ったが、どうやら意外に治安が悪いらしい。
(そういえば盗賊に会ったのはエリスフィアの領地にもう入った後だったな)
ぼんやりと思う。ということはロランの言った二つに加え、『盗賊』もある程度いるのかもしれない。
「戦争と継母のせいで貧しくなったからな。その弱っているところにつけ込む商売がはびこってしまったんだ。俺が帰ってからはなるべく支援を行うようにはしているんだが……」
「具体的には?」
「高い金利での金貸しは規制する法を作った。あと宗教に関しても悪質なものは取り締まっている。しかしまぁ、その規制にひっかからない絶妙なラインを狙ってくる輩が横行したり、数が多すぎて手が回っていないのが現状だ」
「なるほど……」
レスターがすっと心得たように書類を差しだしてくる。それは新たに設けた治安維持のための法案や支援の仕組みの書かれたもののようだ。
見ると法外な金利での金貸しや法外な値段の寄付の強要に対しては返済義務などももうけているようだ。
しかしその下にメモのように書かれた相談者件数は非常に少なかった。
ロランははぁ、とため息をつく。
「恥ずかしいことにうちは識字率が悪い」
「はぁ」
「そのせいなのか制度をもうけても利用してもらえない」
「なるほど」
まぁ、それはわりとよくある話だ。情報を仕入れられるだけの知識と技術を持つ人しか大切な情報にはたどり着けないものだ。
花子はその書類をぱらぱらと三回ほど流し見て、「よし」とうなずいた。
「その件、わたしがなんとかしてやろう」
「なに?」
「すきまがあるからそういう輩が入り込む。虫も人も一緒だ。居心地の良い隙間があったらそこに住み込みたくなるだろう? 空洞はなるべく作るべきじゃない」
管理されていない空き家に人が入り込んでゴミを捨てたりしてしまうように、空白には何かが入り込むのだ。
今回は貧困にあえいだ人達の頼る先がロランが帰るまでの期間、長らく空洞だった。そこに入り込まれたのだ。
「いやしかし、どうすればその空洞を埋められるんだ?」
「別の何かを入れたらいい。こちらで選定した無害なものを詰め込んでおけば他の有害なものは入れまい」
困惑するロラン達を置き去りにして、花子は椅子から立ち上がると拳を振り上げた。そのままガッツポーズを決める。
「そのすきま、このわたしが埋めてみせよう」
「怪しげなキャッチセールスのうたい文句のようになっておりますよ、お嬢様」
困惑したまま口を開けないロランとレスターに代わり、慣れているケイトが冷静に突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます