第14話 契約内容の擦り合わせ
「さて、先ほどお話ししました通り、ロラン様には婚約者がおられません」
レスターはそう話し出した。
それをロランは少しふてくされながら、エレノアは優雅にお茶をたしなみながら耳をかたむける。
「それは三年前の戦争に参加していたことや、半年ほど前から紅蔦病にかかっていたことなど、いろいろと事情はあったのですが、理由はそれだけではないのです。というのも恥ずかしながら、我らがエリスフィアにはある問題がありまして……」
「ある問題?」
「ええ」
レスターは目を伏せるとため息を一つついた。
その話はこういうことだった。
先代当主、つまりロランの父が妻亡き後に後妻をめとった。
そこまではいい。
しかしその後先代当主は病に倒れ、ロランは帝国との戦争にかり出されて不在となり、その間をその後妻が領主代理を勤めることになった。
そしてこの後妻が災いの種だった。
なんと戦争を名目に領民から税金を絞り取り、戦時中にもかかわらず贅沢の限りをつくしていたのだ。
「なるほど」
そこまで聞いてエレノアは重々しくうなずいた。
「つまりわたしにその姑をいびって追い出して欲しいと」
「いや、そいつは俺が戦争から帰り次第もう追い出した」
「おやまぁ」
エレノアは目をぱちくりと瞬かせる。
「ただの優男かと思ったら、思いのほかしっかりしているな」
「どういう意味だ?」
首をかしげるロランにエレノアはにっこりと微笑んで答えなかった。小首をかしげて質問を続ける。
「では一体なにが『問題』なんだい?」
「問題は、領民達です」
レスターも淡々と言葉を続けた。しかしその返答にエレノアはさらに首をかしげる。
「うん?」
「長年にわたり後妻に搾取された領民達は、不安なのです」
レスターはぐっと拳を握って力説した。
「ろくに女性とつきあってこなかった、おぼこいロラン様がやばい女にだまされてしまわないかと!!」
「余計なお世話だ!」
ロランも負けじと吠える。
「おまえらどいつもこいつも! 俺のことを一体いくつだと思って……っ!」
「三十二歳です」
「う」
「三十二にも関わらずいまだ女性経験もない主人を心配しているのです」
「ううう」
ロランは頭を抱えて撃沈した。その様子をしばらく見つめた後で、エレノアは紅茶をひとくち口に運び、静かに挙手する。
「つまり、領民を納得させるのに労力を要すると?」
「その通りでございます」
レスターは重々しくうなずいた。ついでばっ、と顔を上げ、エレノアのことを手のひらを示す。
「その点、エレノア様、あなた様は最適です」
「ほう、最適」
「ええ、最適です」
そう言う彼の顔はどこまでも真面目そのものだ。
「なにせ先の戦争で活躍された聖女、しかもつい先だってロラン様を悩ます病を直してくださったお方!」
そこまで言うと、レスターは恭しく頭を下げてみせた。
「みな、あなた様には感謝しているのです」
そうしてわずかに目線だけを上げ、その緑色の瞳でエレノアのことを見た。
「もちろん、この私も。本当にありがとうございます。わが主人、ロラン様をお救いくださったこと、このレスター、このご恩は必ずお返しいたします」
「なるほど」
エレノアは静かにうなずくと再び紅茶を口に含んだ。
要するに、エレノアであれば警戒している領民達の受け入れもいいはず、ということだろう。
「では、今度はわたしの事情を説明しよう」
ティーカップをソーサーの上にゆっくりと置いて、彼女はサファイアの目でレスターとロランの二人に微笑みかけた。
「実はわたしにもいくつか問題がある。簡単な我々の事情はさきほど話した通りだが、それ以外にもいくつか承知しておいてほしいことがあるんだ」
そのエレノアの真剣な口ぶりに、ロランは姿勢をただした。
「詳しく聞こう」
その水色の瞳は誠実な色を宿し、エレノアのことを真っ直ぐに見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます