7 帰路にて

「…思い出でできている」


その微かな、けれど確かなそれは、唸り声しかあげなかった老女が、初めて口にした人の言葉でした。そして、老女の身体から濃い灰色の煙のようなものが剥がれ、それがゆっくりと消え落ちていくのを、アカネははっきりと見たのです。

「よし!」

ハルオが言い、ライトが頷きました。それは、完了と成功を意味していました。

老女はその場にへたり込み、もはや暴れないと確信したのか、数人の知人と思しき者たちに静かに連れられていきました。


アカネは正直なところ、老女に何が起き、ライトとハルオが何をしたのか、まったく理解できていませんでした。ただ、老女が無事で、二人が無傷でいることだけは確かでした。その事実に、アカネはほっと胸をなでおろしました。

「じゃ、帰ろうぜ。」

ハルオが言いました。

「だね!帰ろ、アカネ。」

ライトが続けます。

アカネは静かに「うん。」と頷きました。


「ねえ。」

帰り道、アカネはふたりのどちらにともなく声をかけました。

「ん?」「なに?」

ふたりが同時に振り向いたので、アカネはふたりの顔を交互に見ながら尋ねました。

「吟遊詩人って、なに?」

「ああ、それね。」

と答えたのはライトでした。

「あのとき誰かが言ってたよね。あのガキ吟遊詩人か、ってさ。」

「俺たちの活躍も、けっこう知られてきたってことかもな。」

ハルオがにやっと笑います。

「活躍……?」

アカネは首をかしげました。

「吟遊詩人っていっても、旅しながら歌ったり語ったりしてた人たちのことじゃないぜ?」

とハルオが言います。

「そう、よく勘違いされるんだけどね。」

ライトが補足し続けます。

「この辺りで“吟遊詩人”って言うと、言霊術師のことを指すんだ。」

「げんれい…じゅつし?」

どんどん話がこんがらがっていくな、とアカネは思います。

「ま、そのへんの話はさ、帰って飯でも食いながら、みんなで話さね?」

とハルオが呑気に言いました。

「みんなで?」

アカネが聞き返します。

「うん、そうだね、せっかくだし。」

ライトが笑いました。

「せっかく……? もしかして、あそこのみんな、吟遊詩人なの?」

アカネは視線をふたりに向けたまま、少し戸惑ったように言いました。


帰るころには、すっかり夜の帳が降りていました。

ここがライト、ハルオ、そしてアカネの住処──〖アトリエ〗です。

もともとは学校の校舎だった建物を、住みやすいように作り直したもので、

今では何人かの若者たちが、ここで暮らしています。


「夕食、出来てるよ。」

世話役のパキラが三人を見て、少し眉をひそめながら言いました。

帰りが遅いことを注意したいのかもしれません。

「ごめんねパキラさん。」

ハルオが謝ると、ライトもアカネも「すみません」と小さく頭を下げました。

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