5 銀のベル

ライトは、これまでのいきさつを手短にハルオへと語りました。


突然、獣のような奇声を上げる老女が現れたこと――

抑え込みに向かった屈強な男たち三人が、次々に跳ね除けられたこと――

異常な膂力りょりょくと、虚ろな目の色から彼女が気狂れディソナンスだと思ったこと――

そこで光のイメージを使って彼女の心を鎮めようと試みたが、思わぬ邪魔が入り、失敗したこと――

ハルオは静かにその話を聞き、そして次の行動を慎重に思案しました。

けれど、ライトは焦ったように声を上げます。

「このままだと周りの人が危ないでしょ。何とか止めようよ!」

ふたりで強引にでも老女を鎮めよう――ライトはそう提案しましたが、ハルオはすぐには首を縦には振りません。

「お前の話を聞く限り、この人、誰かに手を出したわけじゃないよな?」

そう、アカネもそれは気になっていたのです。老女はただ、無理に押さえつけられそうになったから、それを拒もうとしただけ、そんなふうにも見えたのです。

ライトの目に砂が入ったのも、偶然のように思えました。意図した攻撃ではないかもしれない、と。

そして、老女がこちらに向かってきたときも、その気配は凶暴な獣のよう…というより、

何かを必死に伝えようとする、切実な想いのようなものがあった、アカネにはそう感じられたのです。

「ガルルンガ……ガガルルンガ……」


ハルオのベルの効力が薄れてきたのでしょうか、沈黙を保っていた老女が、再び唸り声を上げはじめました。緊張が場の空気をぎゅっと締め上げます。

「やるぞ、ライト。今度は風で、寄り添ってみよう」

「分かった。先にいっていい?」

「ああ」

静かな覚悟を宿すように、宿し合うように、言葉を短く交わしました。

ハルオは小さな銀のベルを手に取り、そっと鳴らしはじめます。

さらに、もう一方のポケットから、異なる音程を持つベルを取り出しました。

まるで手品のように、彼の手の中に次々とベルが現れ、そのたびに、音もまた増えていきます。

右手に三つ、左手に二つ。いくつものベルが、舞うように巧みに音を奏ではじめます。

その音色は、清澄でやさしく、けれど芯のある響きでした。

心をふと遠い記憶へと誘うような、夢の中の景色に差す光のような、美しい音色でした。

「夕風が…そっとふいた」

ライトのやさしい声が、静かに言葉を紡ぎはじめました。

「淡く…淡く そっとふいた」

ハルオの穏やかな声が、それに寄り添うように並び、重なり、ときに追いかけ合いながら、やがてひとつの旋律となって、空間全体をやわらかく包み込んでいきました。

そして時折、句読点のようにベルの音が、澄んだしずくとなって宙に記されます。

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