3 吟遊詩人?
一目見ただけで、それが普通ではないと分かりました。
「……|気狂れ《ディソナンス》を起こしている……」
ライトがぽつりとつぶやきます。けれど、その声はあまりに小さくて、アカネの耳には届きませんでした。
老女を取り押さえようとしていた男たちは、今では逆に、老女の腕に締め上げられています。
「……ググェ」
苦しそうなうめき声と、骨がきしむような音が、じわりと空気を濁らせました。
「あの婆さん…化け物かよ…」
「おいおい、なんて馬鹿力だよ」
ひとだかりの中から、そんな声が聞こえてきました。
――これは、いよいよ本当にやばいかもしれない。
と思ったライトは一歩前に踏み込みました。
「みんな下がってください!」
ライトのよく通る声が、喧噪を鋭く裂きました。
すると人だかりはその形のまま、円を描くようにじわりと広がっていきます。
その輪の中へと、ライトが躍り出たのです。
そして、なぜかアカネもライトの後を追って、人だかりの真ん中までついてきてしまいました。
そのときは既に、三人の屈強な男たちが老女の足もとに崩れ伏していました。
「……ガルルル」
低く響くその唸り声は、もはや人間のものではありませんでした。
ライトは静かに息を吸い、そしてあらためて老女を見つめました。
老女の目にもはや光はなく、ただ渦巻くような激情の闇があるだけでした。
「ほむら…揺らぎ…影をまとい」
と、ライトはおもむろに声を発しました。
それは普段の彼の快活な印象とは違い、重々しく落ち着いていて、いつもよりも大人びていました。
「ゆらり…ゆるり…糸をほどく」
ライトは、老女の目に宿る闇をまっすぐに見つめ、その視線を決してそらしませんでした。
その暗がりに、かすかな明かりを少しずつ、ほんの少しずつ灯していくように――
彼はゆっくりと、丁寧に、ことばを紡いでいったのです。
「このガキ…まさか吟遊詩人なのか?」
と、人だかりの中の誰かが小さく囁いたのを、アカネは耳にしたのでした。
――吟遊詩人? ライト君が?
アカネには、その意味がすぐには分かりませんでした。
けれど…たしかに、ライトの言葉を聞いているうちに、目の前の老女は、少しずつ落ち着きを取り戻していったのです。あれほど荒く鳴っていた、獣のような息づかいも、今ではもう聞こえてきません。まさにそれは、美しい夜伽話で子供を寝かしつける吟遊詩人の御業に見えました。
「とけてとろけて 光となれ」
ライトの詩は、わずかにリズムを早めながら、次第にその声に熱を帯びてきました。
アカネの目には、実際に光が見えていました。
それはまるで水あめのように、ゆっくりと上から降りてきて、老女の体を包み込もうとしていたのです。
「静けさの羽の下で…」
とろとろで、かたちを持たなかった光が――
その言葉に導かれるように、ふいに鳥のかたちへと変わっていくのが、はっきりと分かりました。
――?!言葉の通りに、光が動いているんだ…
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