偽りマスク
長いテーブルの上に並ぶ豪華すぎる朝食。
高い天井には、華やかでどでかいシャンデリアが構えてる。
その下で優雅に英字新聞を読む父さんは、新聞を読むフリをして、チラチラと顔を覗かせてこっちを見てる。
あ
たしに気づいてほしいと思って、わざとやってるのだ。時折、ゴホンなんて咳払いまでして気を引こうとしてる。
あたしは仕方なく父さんを見た。
「なに、父さん」
「昨日の件、まだ怒ってるのか? ミホ」
「怒ってはないけど」
納得はできてない。だって三年後だった“約束”が”高校を卒業したら”になったんだから。
しかも、あたしになんの相談もなしに時期を早めて。一応、あたしの人生のことなのに。確かに、自分で決めたことではあるけれども、だ!
「けど、の続きは……?」
父さんが少しずつ椅子をずらして近づいてくる。でもテーブルが長いもんだから、こっちにくるまで時間がかかりそうだ。
あたしは目の前にズラリと並べられた純和風の朝食を食べながら、こっちの顔色を窺ってくる父さんをスルーした。
サンマに卵焼きに漬け物に……うん、やばい。最高のラインナップ。卵焼きも絶妙な塩加減で美味すぎる。
「とにかく帰りは遅くならないでくれよ。斉藤君、あと三十分後に出るから車を」
自分の隣に立っている秘書の斉藤さんに新聞を渡しながら父さんは言った。
斉藤さんは絶対あたしや父さんより早起きしてるはずなのに、すっきりとした爽やかな声で「はい旦那様」と答えて、眼鏡の奥の目元を細めてる。
あたしが見ていることに気づくと、軽く会釈してくれた。斉藤さんの持つ二十代特有のできる男の清潔感・爽やかさ・落ち着き。女であるといえど見習いたいものである。
「わかってるよ。だからメールしたじゃん。ちょっと遅くなるからねって帰り」
「遅くなるならせめて誰かつけてくれないと。またSPつけたくないだろ」
「無理無理、断固拒否」
前にSPを強制的につけられたとき、気を遣いすぎて神経がすり減るどころか粉々になったことがある。あんな束縛的な日常はもうこりごりだ。
ただでさえ今のあたしの生活には“解放”という二文字が足りてないのに。
「わかったよ。気をつけますぅ」
「こら、足を広げるな、お茶も音を立てて飲まない!」
「もう。だって常に足なんて閉じてられないよ」
お茶もずるずる音たてて飲まなきゃ、なんとなく飲んだ気がしない。パスタもフォークじゃなくて、できれば箸でたっぷりつかんで頬張りたいし、水を飲むときも、ちまっとしたおしゃれなグラスじゃなくてペットボトルでがぶがぶ飲みたい。朝は白湯じゃなくて冷たいコーラをぐびっとしたい。
でもあたしには、そのどれもが許されてない。
家ではいいけど、外に出たら……考えただけで恐ろしい。
おしとやかって、なかなかめんどくさい。ただし、今この場には父さんと斉藤さんしかいないから、やりたい放題できる。
おしとやかを服みたいに毎日着て歩いてるあたしでも、今ばかりは、おしとやかをクッションにして尻でふんづけられるのである。
「で、昨日の夜はどこに行ってたんだミホ」
………そう。
問題はそれなのよ。
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