01
「と、隣町まで走ってたよ」
「どうして車を出さなかったんだ」
「男も女も人生に一度くらいは本気で夜を駆けなきゃならない窮地に直面することがあるんだよ父さん。昨日はそれの予行演習をしてたの。ねえ斉藤さん? 男も女も夜は走らなきゃいけない時があるよね? 練習が必要だよね?」
「はい、お嬢様」
「斉藤君を巻き込むなミホ」
「ま、巻き込んでないよ! だってこの前、斉藤さんが夜の町中を走ってるとこ見たんだよ。ね、斉藤さん? この前夜の町を全力疾走してたよね? 白いタンクトップで走ってたよね?”ジャスティス!!”って言って町中を疾走してたよね!?」
「はい、お嬢様。疾走してました」
「ほらね」
「斉藤君が走るわけないだろう! 斉藤君も、ミホのこと甘やかすのはやめて、ちゃんと否定しなさい」
「すみません。朝からお嬢様が可愛らしくて」
斉藤さんがくすくす笑ってあたしに微笑みかける。
たまらん、なんて素敵な笑顔。
「……キュンです」
あたしは斉藤さんにむかって、流行に乗り遅れた時期に存在を知った“指ハート”なるものを投げた。すると、斉藤さんも微笑みを絶やさずに、律儀にあたしの真似をして指ハートをしてくれる。
ちょっとそんなことしてくれるの?
やばいじゃん。これ、あたしがウィンクしたら斉藤さんもウィンク返してくれるパターンのやつ? アイドルのダンス踊ったら斉藤さんも真似してステップ踏んでくれるやつ? やばいじゃん超見たいじゃん!!
どえらい妄想をしてキャッキャウフフと興奮してると、父さんがあたしと斉藤さんの視線が交わる真ん中に割り込んできた。
「あっ、ひどい」
「いいからミホ、しっかり聞きなさい」
父さんは頭を抱えて深いため息をついた。また、そんな男の子みたいなことをしてと眼差しで訴えてくる。
もう!
「外ではちゃんとするから。ていうかしてるじゃん。あたしにだって反抗期の百や二百あったっていいじゃん」
ブツブツ呟きつつも、あたしは昨日の出来事を実はさっきから思い出そうとしていた。
なのに……恐ろしいことにハッキリ思い出せない。
多分、酔っぱらって隣にいたお兄さんに送ってもらったような記憶が、ないこともない。
ただ、ぬかりのないあたしは絶対に、絶対に、家の前までは送ってもらってないはず……だけど。
あぁ、記憶が欠けていてよく思い出せない。
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