声劇台本『チョコレートは食べ終わってからが勝負』
声劇台本『チョコレートは食べ終わってからが勝負』
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(夜。コンビニの袋がシャカシャカと鳴る。街の喧騒が遠ざかり、波の音が近づいてくる)
サキ(袋をごそごそしながら)
はいはい、配給タイム〜。ミナトはビターね、カンナはミルク。で、私は……っと、ラム味っと。
カンナ(手を伸ばしながら)
ラムって……未成年、アウトじゃないの。
サキ(包みを眺めて)
え、いやいや、アルコール0.2%とかだよ? 調味料扱い。むしろ合法ギリギリを攻めてくる企業努力、尊敬するわ。
ミナト(受け取りながらニヤリ)
尊敬の方向、絶対間違ってるけどな。
サキ(くすっと笑って)
でもさ、背徳感あるじゃん? 放課後の塾サボって夜の港でラムチョコとか、なんか……人生の脱線って感じで。
カンナ(包みをじっと見つめて)
……ていうか、これ包装、外国語じゃん。どこのコンビニで買ったの?
サキ(もごもごしながら)
あー、それね。買ってない。
カンナ
えっ、なに? え、どういうこと。
ミナト(口に入れかけたチョコ止めながら)
買ってないって、お前……どこで手に入れたんだよ。
サキ(悪びれず)
自販機の横に、落ちてたの。ポケットの中に、するっと入ってたのよ〜運命かも?
カンナ(食べる手が止まり)
……それ、ポケット泥棒の台詞じゃない?
ミナト
むしろ都市伝説っぽい。港の自販機の横に、たまに謎のチョコが落ちてるっていう。
サキ(肩をすくめ)
じゃあ今日の私は都市伝説の目撃者か……ふふ、役得〜。
(三人、それぞれにチョコを口にする。沈黙。夜の空気が流れる)
ミナト(もぐもぐしながら)
……しかし、毎週ここに来て、チョコ食ってるって、冷静に考えると異常だよな。
サキ(あいづち)
ん、たしかに。
カンナ(淡々と)
三週連続だよ。私、記録つけてるから。
ミナト(小さく笑って)
記録魔……GPSか。
カンナ(うなずき)
そう。最近、曜日とか時間の感覚がずれてきてて。なんか、ずっと水曜日みたいな気がするの。
サキ(うつむいて)
……わかる。私も、今日ってほんとに今日だった? って、思うときある。
ミナト
それ、疲れてる証拠だろ。俺なんかこの前、英単語帳が板チョコに見えてきたからな。
サキ(吹き出す)
それ、病気!
カンナ(じっと見つめて)
食べた?
ミナト(笑って)
いや食べねーよ。さすがに。
サキ(少し間をおいて、ぽつり)
でも……こうしてチョコ食べてると、ちょっとだけ「今日」がある気がする。ちゃんと。ここだけは、なんか……固まってるっていうか。
カンナ(少し考えて)
……“固めるチョコ”、ね。
ミナト(笑いながら)
そんなキャッチコピーじゃ、誰も買わんだろ。
サキ(にこっとして)
でも、ここでなら売れるかも。限定品。「港の片隅チョコ」シリーズ。
カンナ
味は……少し塩風味?
ミナト(指で空を指して)
包装は、星柄。開けると中から、ちょっとだけ“今日”が出てくる。
サキ(目を細めて)
……あ、それ、なんかいいかも。
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(三人、しばらく無言でチョコを食べている。遠くで船の汽笛が鳴る)
サキ(ぽつり)
……ねえ。
カンナ(軽く目を向けて)
ん?
サキ
この時間ってさ……名前ついてたよね。あの、昼でも夜でもないやつ。
ミナト(頬杖ついて)
あー、えーっと……「逢魔が時」?
カンナ
「おうまがどき」。人ならざるモノと、すれ違っちゃう時間。
サキ(うなずいて)
それ。そういう名前があるってだけで、ちょっと救われる気しない?
“なんか変な時間だな”って思ってたの、自分だけじゃなかったっていうか。
ミナト
わかる。あとさ……この時間帯、街の音も妙に変わるんだよな。
コンビニのレジの音も、車のクラクションも、どこかくぐもってるというか。
カンナ(静かに)
夜が本格的に来る前の、最後の準備時間かもね。
サキ
夜って、忙しいよね。
明かりが増えて、スマホの通知がバンバン来て、部屋の中にも音が戻ってきて。
……だから、ちょっとだけ逃げたかったのかも。
ミナト
それで、港か。
カンナ(微笑む)
にしては、いい場所見つけたよね。ここ。
サキ(肩をすくめる)
ここさ、最初に来た時はただの工事中の柵の裏だったんだよ。
でも風の通り方とか、地面の感じとか……なんか「まだ名前のない場所」って気がして。
ミナト
……サキって、変わってんな。
サキ(胸を張る)
でしょ。自覚ある。変人検定三級、持ってます。
カンナ
そんなのあんの?
ミナト
どこで受けんだよ。
サキ(にやっとして)
逢魔が時に、港の自販機の横で。
(一拍。三人、笑う。空気が少しほどける)
カンナ(ふっと)
……でもさ、いつか終わっちゃうんだよね、こういうの。
サキ(静かに)
うん。
ミナト(少し間をおいて)
終わるっていうか……終わったあと、何が残るかって話だよな。
カンナ
残る、かあ。
サキ
……チョコの包み紙?
ミナト(笑って)
ゴミじゃねーか。
サキ(包み紙をくしゃっと丸める)
でもさ、これだって一応“証拠”だよ?
「ここにいた」っていう、痕跡。
カンナ(見つめる)
じゃあ……誰かに拾われたら、どうなるの?
ミナト
うーん……港で拾ったチョコの包み紙。なんか、それだけで短編小説書けそうだな。
サキ
書く? タイトルは……
サキ
『チョコレートは食べ終わってからが勝負』!
ミナト
なんだそれ笑
(沈黙。笑っていた三人、ふっと真顔に戻る)
サキ(立ち上がりながら)
じゃ、そろそろ行こっか。夜が、本気出す前に。
カンナ(名残惜しそうに空を見て)
……うん。
ミナト(ポケットに包み紙をねじ込みながら)
次は何味、拾うんだろうな。
サキ
それは、“次の逢魔が時”のお楽しみ。
(三人の足音が、港の石畳に吸い込まれていく。遠くでまた汽笛が鳴る)
(暗転)
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