第3話 私と心先生とシャボン玉液

「シャボン玉の液ってさ、飲む用のとかないのかな?」

「ないですね」

 今日も今日とて、仕事終わりの先生の思考は終わっている。

 椅子にだらしなく腰掛け、ぼんやりと天井を仰ぎながらふわっとシャボン玉を飛ばすジェスチャーをする。

 しっとりと腰辺りまである黒髪が毛先を揺らす。

「でもさ、ワンチャン、世界のどこかに売ってるんじゃないかな? だって、あの液って絶対小さい頃に少しは飲んじゃうじゃん? だから、モノ好きな人が『どうせいならガツンと飲めるやつを作っちゃおう』ってなるかもだし」

「シャボン玉の楽しみ全否定しないでください。あの子たちは空で儚く消えるために存在しているんですよ」

 私は青の映える空ではなく、暗がりの占拠する胃に進路決定されてしまいそうなシャボン玉液を思って涙がちょちょ切れそうになる。

「でも、あったら買う人いると思うけどなー」

「そもそも、そんなのが売ってたとして、先生は買うんですか? あれって結構苦いですよね」

「うーん……」

 思考を回すように、先生は頭を回す。

「アルコール入っていれば買う!」

「なるほどなるほどー」

「最後まで興味と責任持って! ていうか、早く飲みに行こうよー。お酒のこと考えたら、もう肝臓うずうずノンストップだよ。千夏ももう勤務終わりでしょ?」

「え? 今日は夜勤ですよ?」

「はえ?」

 どうやら先生は私のシフトを勘違いしていたらしい。

 どうりで、いつもはシフトずれていれば一時間ほどで帰るのに、二時間も居座っていたわけだ。

 というか、私が昼間いなかったことに気づかなかったのかな?

 それはそれでどうかと思うけど。

「あ、あ、あ……」

 先生の顔は二時間も待ったのにという悲しみと、勘違いによる恥ずかしさが押し寄せ、真っ赤になっていく。

「アルコールの入ったシャボン玉液買ってきて! ここで飲んでやる!」

「はいはい、冷蔵庫にある私のお茶飲んでいいですからね」

「慰めの度合いが低いの嫌!」

 結局、先生はその後も二時間ほど喋り倒して帰っていった。

 お茶はしっかりと飲んでいった。

 次の飲みはいつもより長く付き合ってあげよう。

 帰り際の心先生の寂し気な横顔を想い、私は思った。


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