『境界線上の約束』の後書きに変えて

青木克維

『境界線上の約束』の後書きに変えて

 この小説は、二十年以上苦しんで、ようやくたどり着いた小説です。

 何度もなんども。

 この表現で良いのか。

 この構成で構わないのか。

 

 この小説で構わないのか。

 それを、問い掛けなけながら、書きあげました。


 小説に限らず、創作と言うのは。

 必ず、受け手が居て、そして完成します。

 この小説がただのひとりにも伝わらなかったのなら。

 それは、そう言う事なのだと想います。

 そして、それで構わないのだと想います。

 例え、誰に受け入れなかったとしても。

 絶対に書き残しておかなければいけない。

 そう言った、或いは妄想の元に産まれた小説です。

 この小説が、例え、誰に受け入れなかったとしても。

 この小説を書き残す事に、全ての意味がある。

 そんな気持ちで、えがき、書いた小説です。


 二十年以上も昔。

 スマートフォンが、ガラケーと呼ばれていた、大昔。

 二万字にも満たない短編を。

 その頃に流行っていた『携帯小説』に投稿しました。

 俺は産まれつきの発達障害があって、過集中と呼ばれる状態でした。

 どうやって書き上げたのかすら、今となってはわからない程。

 トイレに行く事すら、激しい生活困難を伴う中。

 その小説を書きあげました。


 ガラケーと呼ばれた時代。


『こんなに素晴らしい小説に出会えたことに、感謝します。著者の産みの苦しみはいかばかりだったでしょうか。本当にありがとう』


 その言葉が、ずっとずっと苦しかった。

 この小説を書きあげている最中。

 その言葉が、ほんの少しずつ、生きて行く糧に変わっていきました。

 あの時、本当の名前も顔も知らない、女の子に約束しました。

 その女の子と、実際に約束を交わした訳ではありません。

 ただ、心の中で。


『もう一度だけで良い。人生や生活や、生命を賭けた小説を書きます。その時までほんの少しだけ、時間をください』


 言葉や文章によって、交わした約束ではありません。

 ただ、心の中で。

 本当の顔も名前も知らない女の子と。

 俺自身が、自分にたいして約束した事に過ぎません。


 俺にも、青春と呼ばれた時代がありました。

 ガラケーと呼ばれた時代。

 本当に死ぬんじゃないかと言う、生活困難の末。

 誰でもない。

 ただ、ひとりの心に届いた小説を書きました。

 

 その約束は。

 俺自身が、自分にたいして約束した事に過ぎません。

 今。その約束を。ここに果たす事が出来た事を。

 今はただ噛締めたいと想います。


 誰に伝わらなくても良い。

 たったひとりに伝われば。

 他に何もいらない。

 小説を書いている、本当に最後の最後。

 確かに、その手ごたえを。

 魂と呼ばれる場所で、聴き取った事を記憶しています。

 誰に伝わらなくても構いません。

 それはそう言う事だったのだと想います。

 

 二十年以上の、或いは妄想と呼べる程の感慨をこめて。

 これだけは、書き残しておかなければいけない。

 そんな気持ちで最後まで、えがき、書いた小説です。


 二十年以上も大昔。

 あの時感想をくれた女の子に伝えたい。

 ありがとう。

 あの苦しみが、今日まで俺を支えてくれた。

 もう、届かないけれど。

 どうしてもそれだけは、書き記しておきたかった。


 本当の名前も顔も知らない、インターネットの向こうで。

 俺を支えてくれた人たちに。

 今日まで俺を支えてくれた、現実の友人たちに。


 なによりも、この長くわかり難い小説を。

 俺自身の、言葉にする事すら出来なかった。

 二十年以上の妄想と呼べる程の感慨を。

 最後まで読んでくれた人たちに。

 最大限の敬意と感謝を申し上げます。


 ありがとうございました。

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