第18話 俺はついてるぜ

「話があるんだけど、いいかな?」


 そうリアンから切り出されたのはあの一件の翌日だった。


 意識を失ってさらに全身ボロボロだった俺は、ファスタフともどもリアンに連れて帰られたらしく、気が付いたのは朝になってからだった。

 治癒魔法を使っても即回復、とはいかない程度の怪我で、特に左肩がひどいらしい。ダメになってから無理矢理動かしたせいで、ズタズタだから絶対に動かせないように添え木をつけたうえで厳重に包帯でグルグル巻きにされている。


 魔神の血を取り込んだ後、そういえば両手を使っていたななどと思い出す。あの時は全然痛みもなく普段通りに動かしているつもりだったが、どうも莫大な魔力にものを言わせて動かしていただけで、それはそれは大変な負荷をかけていたのである。目が覚めてからはずっと肩から滲みだすような痛みを感じる。


 治療が終わった後に教員からは何があったのか聞かれたが、ひとまずファスタフに起きたことは伏せて魔神教団とか名乗る不審者が現れて襲って来た、で通した。いきなり現れて襲われて大変だった、くらいのことしか言えなかったというのもある。

 俺は本編のおかげでオーレウスが知っていてはおかしいことまで知っている。だからこそ、魔神のことだとか、リアンの事情だとか、ファスタフが何をされたとか、そういうことには一切触れないようにするしかなかった。


 とはいえ、別に尋問を受けていたわけでもない。教員は俺たちが襲われたということ、襲ったのが魔神教団だということ、その2点がわかっただけでも満足してすぐに解放されることとなった。


 今日はもう授業は出なくていいから帰るように、と言われたのでその前に学園の中庭のベンチに座ってぼうっと空を眺めていた。

 話がある、と切り出されたのはその矢先だった。


「……まあ」


「よさそうだから、隣、座るよ」


 そう言って、リアンがベンチに腰掛ける。


「昨日のこと、君やファスタフには言っておかないといけないことがあるなと思って」


「勝手に言うだけなら聞いてやってもいい」


「なんかそういうとこ、わかってきた気がするよ」


 リアンが笑った。楽しそうな顔で。

 そしてすぐに真剣な顔つきになった。


「で、だ。昨日のこと、たぶん、あれは僕のせいだ」


 知ってた。


 魔神教団の狙いは魔神の復活で、その鍵となるのがリアンだ。リアンは魔神の器として完成に至ることができる、と魔神教団には思われている。魔神が意識を持てるほどの力を有しているのに、それでもリアンが正気を保てていることから魔神教団からそのようにみなされている。


「魔神って聞いて、オーレウスはどう思う?」


「どうと言っても、おとぎ話に出てくる魔神だろう」


「そうだよね。でも、それが現実にあるとしたら? 昨日、オーレウスも感じたはずだよ、魔神の力を」


「……アレか」


 感じたっていうか知ってるんですけどね、リアンさん。


「昨日、ファスタフや君が得たのは魔神の力だ。今はもう君たちの中にあった力はなくなっているけど、魔神の力は危険なものだ。何かを壊すことに恍惚を感じて、しかも何でも壊せるような凄まじい力を得るんだから」


「なるほど」


 それには俺も覚えがある。

 魔神の血を取り込んですぐ、俺は正気じゃなかった。

 ファスタフを壊したらどんなに気持ちがいいだろうか、なんて気分だった。

 確かにあんな気持ちになって、なおかつ力を得ればそれに酔いしれてしまうのも、身を任せてしまうのもよくわかる。その結果がどうなるかについても想像に難くない。


「僕は」


 リアンが口を開こうとし、ためらって視線をさまよわせる。

 しかしすぐに真っ直ぐな目で俺を見据えた。


「僕は、魔神の力を持っている」


 震える声。

 彼がこれを人に伝えるのは、一体どれほどの恐怖だろう。しかし、その恐怖を乗り越えるだけの意志でもって言葉にして発した。彼の恐怖に応えるだけの重みは俺にない。


「そうか」


 だから、俺はあっけらかんとそう言ってのけるだけだった。


「……はは」


 なんとなく、とリアンは続ける。


「君はそう言う気がしていたよ。だから、話そうと思えたんだ」


 晴れやかな顔でリアンは笑みをこぼした。


 俺の胸には不安が去来した。

 あの、これ、あれじゃないですか。リアンがファスタフに魔神のことを打ち明けるイベントなのでは……?

 魔神教団にさらわれたファスタフを助けた後に起こる、ヒロイン相手のイベント。好感度が一定以上ないと発生しない奴。ちなみにこの時点では、ファスタフを時間内に助けることができたかどうかのみが好感度に関わるので、意図的に外そうとしない限りほぼ間違いなく発生するイベントだ。


「オーレウス、君になら、これを」


 リアンが眼帯を外した。

 そこには黒目と白目が反転した瞳があった。その瞳の奥に感じるのは、確かに昨日感じたものと同じ魔神の力だ。ドロドロと絡みつくような何かが渦巻いているのをかすかに感じ取ることができる。


「これが僕の魔神の力で、僕が、もうここにはいられない理由だ」


 そして眼帯を付け直す。


「僕のせいで君やファスタフには迷惑をかけたね。でも、大丈夫。君たちが手にした力は全部僕が取り込んだから」


 ん? 話の雲行きが怪しいぞ。


「奴ら、魔神教団は僕を狙ってきたんだろう。僕が持つ、魔神の力を。たまたま君たちが近くにいたから、あいつらは君たちを巻き込んだんだ。僕は……それが許せない。僕のせいで、そんな怪我までさせてしまったことが」


 リアンが俺の肩を見る。

 痛ましいものを見る目だった。深い後悔に彩られている。


「こんな僕は学園に来るべきじゃなかった。ギルドに言われて来たけど、それが間違いだったと気付いたんだ。君のことは、結構、その、いいやつかもしれないって今は思うんだけど、だから、謝りたくて」


「おい、待て」


「ごめん。ごめんね、僕のせいでそんなことになってしまって。僕はもうこれで、学園を出ていくから、最後にこれだけ言いたかったんだ」


 リアンが立ち上がる。すぐさま背を向けて歩き出そうとそする彼の手を掴んだ。


「出ていくんじゃない」


 世界が滅んじゃうだろそんなことされたら!

 お前は学園でハーレムを築いて魔神を倒して世界を滅びの運命から救うんだよ!

 これはなんとしてでもリアンを引き留めなければなるまい。


「離してくれないか」


「嫌だ」


「離してくれよ」


「お前が学園に残るというなら、離してもいい」


「じゃあ」


 リアンが俺の手を振りほどこうと、ぐっと腕に力を込めた。

 残念だったな、さすがにこの体格差だ。少々の力ではビクとも……うわっ、こいつ身体強化してる! 俺も身体強化で対抗だ。

 ギリギリと空気が変わる。お互いに一歩も譲らない。しかし、水面下ではどんどんヒートアップして、お互いの纏う魔力の量がみるみる上昇していく。こんなことで本気になるとは思ってもみなかったが、俺も必至だ。


 このイベントは、本来はファスタフに魔神のことを打ち明けるも、ファスタフがそんなこと気にしないよ、なんて言ってリアンが彼女のそばにいたいと思うことで学園生活が続くのだ。しかし、リアンはファスタフではなく俺に打ち明けに来た。


 つまり、リアンが俺のそばにいたいと思わなければどうにもならない。くそ、男同士だぞ。もうこうなったら河原で殴り合いをするしかないのか。


 リアンの引く力が一瞬強くなって、俺がそれに身をつられて体をよじった。

 それがいけなかった。

 いや、あるいはそれがよかったのかもしれない。


 途端に肩に響く鈍痛。


「ぐっ……痛ぅっ」


 思わず肩を抑えて、俺はうずくまった。

 リアンの手を放してしまった。リアンがいなくなってしまったら、どうしたらいいんだ俺は。ハーレムエンドを迎えてもらう俺の計画が……。


 リアンが立ち去ったであろう方向に視線を向けると、意外なことにリアンは一歩も進まずに、むしろ俺に一歩近づいたところで心配そうに俺を覗き込んでいた。


 これだ!


「オーレウス、大丈」


「あー、肩が壊れそうだ。痛くてたまらない。お前のせいだぞ、リアン・ストルカート」


「……うん。だから」


「だから、俺の肩が治るまでここにいろ。俺の代わりに俺の雑事をこなせ。それまででいい。責任をとれ。責任から逃げるな。いいな? お前がいないと困るんだ」


 そうまくし立てると、リアンはくすりと笑みをこぼした。

 いや、苦笑だろうか。呆れたような目で俺を見ている気がする。


「……でも、あの魔神教団はまた何かしてくるかもしれない」


「そんなことはどうとでもできる」


 リアンがいれば全ての事件は解決できる。なぜなら主人公だからだ。

 どうにかこうにかハーレムを築きさえすればいいのだ。そうすればすべてが上手くいく。

 学園を去ってしまえばハーレムが作れずに世界が終わる。これが一番まずい。俺が序盤ボスをするとかしないとか、そういう話でさえなくなる。


「オーレウス……君は、僕を助けてくれるかな……?」


 リアンが不安げに俺に問う。

 答えは決まっていた。


「ああ、勿論だ」


 ハーレムを作るのを全力で手伝う所存であります。


「だったら」


 ずい、とリアンが俺に近付いた。


「君がそう言うなら、僕はここにいるよ」


 まっすぐ俺を見据えるリアンの目にあるのは期待だった。

 魔神の力があると知りながら、それでも自分の近くにいてくれる存在。彼が心を許せる誰かを見つけることができた。そういう流れだった。

 これはファスタフと起きるはずのイベントでは……?


 リアンにとってファスタフがかけがえのない友人になるはずのイベントでは?

 そして、ファスタフがリアンにほのかな想いを抱くのを自覚するのだ。

 ハーレムの礎を築く最初の一歩のはずだが、なぜか俺がそのイベントを踏んでしまったらしい。


 だがしかし、問題はない。

 なぜなら、ハーレムエンド、ひいてはトゥルーエンドに至るためのイベントはきちんとこなせているからだ。

 あくまでも重要なのはリアンが魔神の力をその身に宿すことであり、ファスタフが得た魔神の力は俺を経由して彼へと渡っている。

 なんだったら、俺が魔神の血を取り込んで得た力ごとリアンに渡っているから、本編よりもいいと言える。

 肩の負傷だとか、リアンとのイベントを踏んでしまったとか、色々問題はあるけれども、しかし俺は運がいい。ついてるぜ。

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この世界で主人公だけがハーレムルートに進んでよいものとする @usigameima

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