第17話 えっ、ここから入れる保険があるんですか!?
本編において、ファスタフは意識を取り戻したところをリアンとキスをして完全に目覚める。そして、そのキスによって魔神の力がリアンへと移って、ファスタフは無事元の姿に戻ることができる。
これは俺が目指しているハーレムルートにはとても重要なことだ。ハーレムルートとは、つまるところそうやって魔神関連の事件にどんどんリアンが関わっていき、そのたびに魔神の力を吸収して強くなったリアンがラスボスを打破するというルートなのだから。
そんな大事なお役目を持ったリアンはというと、すっかり気絶したまま倒れている。
大事なことだからもう一度言うが、すっかり気絶したまま倒れているのである。
「どうしたらいいんだよ、これ」
ファスタフの猛攻は、結構きつい。
いや、ある程度余裕をもって捌けているものの、俺が魔神の力に慣れてきたからか、だんだん体中の痛みをうっすらと感じるようになってきたのだ。サッカーしようぜ、ボールはお前な、と言わんばかりに滅茶苦茶な攻撃をされていたことを考えられる程度に余裕が出てきたら、なんだか急に痛みが戻ってきた。
これが中々曲者で俺は力では完全にファスタフを上回れているのにも関わらず、彼女が逃げに徹するとどうにも決めきれないという膠着を生み出していた。
しかも、よしんば攻め勝ったとして、そこからどうやって彼女を元に戻すか、その手段が俺の手元にないのが問題だ。
いきなりリアンが目覚めてファスタフにキスしてくれたらもうそれでいいんだが。
「オー……レウスっ!!」
とはいえ、こうやって俺の名前を叫んでくる程度には彼女も弱ってきているようだ。ファスタフの意識が浮上してきている証左だ。
このままファスタフが完全に意識を取り戻して魔神の力を自力で抑え込むことができれば、それはそれで解決なのかもしれない。よし、それで解決の方向にもっていこう。ファスタフはそれはもうハチャメチャに強い子なのだから、なんとかなるだろう。
そして、そのうち意識を取り戻したリアンに魔神の力を吸い出してもらえばOK。パーフェクトだ。
「オーレウスぅぅぅッ!!!!」
ぐしゃり、と潰れるような音がした。
凄まじい衝撃が俺の胸を打ち付け、呼吸が止まる。
肋骨が何本か逝ったな、とか言えそうな感じの嫌な音。
ファスタフの左拳が俺に突き刺さって、見るからに彼女の手のほうが重傷だった。肉が剥げ、骨が剥き出しに、ぼとぼとと血が流れ落ちる。
一撃に、全力の力を乗せて俺を打ったのだ。自分自身の身を顧みることもなく。
「やば……っ、ごふ」
ようやく息を吸えたと思ったら、口から血が溢れた。
これ大丈夫? 肺とかやられてない?
一抹の不安を覚えながら、俺はファスタフの攻撃を避けるのに専念するほかなかった。
拳が振るわれる。
その先にある壁が崩壊し、同時に彼女の腕からぶちぶちと千切れるような音が響く。
足を蹴り上げる。
天井に大きな穴が空き、同時に彼女の足からミシリと軋むような音が響く。
「おい、おい!」
ファスタフの攻撃を避けながら、俺は叫んだ。
「やめろ! 体がもたないぞ!」
攻撃をするたびに、彼女自身が傷ついていく。
それを無視して、彼女は満身創痍になっても俺に食らいつこうとする。
執念だ。
「オーレウス!!!!」
彼女の目には執念があった。
彼女にとって、俺は嫌な奴だ。間違いない。序盤ボスをするためだと言って、リアンにハーレムルートを築いてもらうためだと言って、ファスタフへと行ってきた嫌がらせの数々の、その報いだろうか。
魔神の力を得た彼女は、俺を憎悪の目で見ている。
そして、その憎しみのままに体を壊す勢いで俺に迫る。
「それは、ダメだろ!」
彼女の拳を受け止める。
魔神の力によって彼女の力ではびくともしないだけの力を得た俺は、しかしその力を意識して抑え込んでファスタフの体が傷ついてしまわないように全力で拳を包み込んだ。
腕が千切れるかと思うほどの力を叩きつけられて、そのすべてを受け止める。それでも、肉体の限界を超えて動くから、ファスタフの体は軋みを上げた。
追撃はさせない。
「っつう」
顔をしかめる。奥歯を強く噛み締めて、彼女を強く抱きしめた。
手も足も、力を込めて伸ばせるから強い力を発揮できるのだ。こうやって密着してしまえば、もがいて振りほどこうとするのが精々で大したことはない。今この瞬間に限って言えば俺のほうが遥かに力が強いのもあって、完全に抑え込めている。
いや結構、抵抗が強い。かなり頑張らないと駄目かも。俺は万力のごとくファスタフを締め上げる。とはいえ、あまりに強く抱き締めても彼女が怪我をしてしまうかもしれない。全力で、なるべく彼女が身動きをとれない程度に……。
「おい、しっかりしろ! そんなに傷付いてまで、戦ったらダメだろうが!」
「ぉオーレウス……」
苦し気に放たれた声。抵抗が多少緩み始めた。
意識が戻り始めているのか……?
全力で抑え込んでいるから顔が見えない。
「わ……たしは」
だから彼女が絞り出す声を聞くことしかできなかった。
「私、は……オーレウス……が、羨まし……かった」
俺が、羨ましい?
「魔法が、使えないのに……私より……私は、強く……ならなくちゃ……いけないのに……」
「お、お前」
俺はわなわなと口を震わせた。
「お前、強いだろ……」
あのパワー。強すぎる。
授業の模擬戦だって、できればファスタフとやりなくないと思っていたくらいにはやばい。最強物理アタッカーの攻撃なんてカス当たりでも空恐ろしいというのに。
今は当然序盤だからそこまででもないが、最終的に魔神を一撃で倒せるパワーを発揮できるのはファスタフだけだ。入念な準備が必要だとはいえ、それでも一撃でとなると他にはいない。主人公でさえ無理だ。魔神の魔法耐性が滅茶苦茶に高いということもあるが。
「つ、よい?」
「お前がナンバーワンだ。いや、ナンバーワンになるというべきか……」
兎にも角にも育ち切ればぶっ壊れパワーアタッカーになるファスタフだ。
なんだかんだ俺は本編をプレイしていたとき、常にファスタフをパーティに入れていた。強くて可愛いし、何より強い。本当に強い。悪霊系の物理攻撃が効かないモンスター以外には滅法強かった。物理攻撃耐性があるような敵に対しても、物理攻撃力が高すぎてほかのキャラの魔法攻撃と同じくらいのダメージを出せていたし。
「あはは……私、強いんだ……オーレウス、君」
「そうだ。最強だ」
物理はな!
気付けば、ファスタフの抵抗はかなり弱まっている。
というか全然してなくない? いつでも抑え込めるようにゆっくりと彼女の顔を盗み見る。
……意識を失ったのか。
そして、どういうわけか魔神の力を彼女から感じない。
その証拠に、ファスタフの服が完全に消失していた。
実はあの悪の女幹部っぽい服とか、サキュバスっぽい第二形態とか、これは魔力で編まれた服みたいな何かであって服ではないのだ。そのため、魔神の力を失ったときにすっぽんぽんになって、本編ではきゃ~リアン君のえっち、的な展開になっていたのだ。
えっと。
その、そういうわけで。
俺は、ファスタフを抑え込むため彼女に抱き着いていたわけで。
今更ながら、そういう必死さを忘れた今、この柔らかい感触が。
「変態」
「うおっふ!?」
唐突に呼びかけられて、俺はファスタフから飛びのいた。
ばさり、と魔神教団のローブが彼女にかけられる。
いつの間にか、リアンが意識を取り戻していたらしい。
「助かったよ。でも、裸の女の子に抱き着くなんて、貴族のやることじゃないね」
「……むしろ貴族らしいだろ」
「はは、そのくらいのことを言える余裕があるんだ。その状態で」
「は? ……ぁ?」
急に体が燃え上がる。
それを幻視した。
じくじくじくじく、と魔神の力がどんどん膨らんでいって俺の真ん中から吹き出そうとしている。湧水のようだと思った力が枯れることなく湧き続けて、俺から溢れそうになっている。
「なんだ、これは……っ」
「身に余る力を手に入れたから、そうなるんだよ」
「お前、リアンじゃ……ないな」
この感じは、リアンの中にいる魔神の気がする。なんとなくそう思った。
本編でもちょくちょくあったが、魔神はリアンが意識を失っている間に多少自由に動くことができるのだ。
「ほう」
にやり、と口の端を歪める。
「流石だな。いや、貴様の中のそれのおかげか」
リアンは俺に近寄って興味深そうに俺の体を観察する。
ほう、とか。これは、とか。中々……とか。色んなところを色んな角度から眺めて、感嘆の声を漏らす。
どうせならそういうのは可愛い女の子にやってもらいたいんだが……。
つーか頑張って抑え込んでるけど、吐き気がする。吐き気っていうか爆発気。めっちゃ爆発しそう。
「おい、ファスタフを連れてここから離れていろ。できるだけ抑え込むが、これは無理だ」
俺はリアンを見下ろしながらそう言った。
もう限界が近い。下に向かってすべての力を放つくらいしかこの爆発気をどうにかする方法が思いつかないが、それをしたらさすがにダンジョンが崩落するだろう。これにファスタフやリアンを巻き込んでしまうのは本意ではない。
「いや、そうだな。ここを離れるのは構わんが、少しかがめ」
「? なんだ?」
リアンと目線を合わせる。
もしかして、ここから入れる保険とかある感じですか? 魔神の力で。
「っ、おい、待て……ここからが――」
リアンが一人芝居を始める。いや、彼の意識が戻ったのだろう。
「――あぁ、いや、ごめんね。変な感じで」
「いいから、早くファスタフを連れて離れてくれ」
「えっと、一回。一回さ。ちょっと目を閉じてほしいんだけど」
「なぜ?」
「い、いいから! 早く! 時間ないだろ!? その後でファスタフは連れて行くから!」
ま、まああんたほどの実力者が言うなら……。
俺は素直に目を閉じた。早いところファスタを連れて離れてほしかったし。まあ目を瞑るくらいはすぐだ。
「おい、これでいいな? 早くし……んむっ!?」
何かが唇にあたって、そのままガツンと歯に固いものがぶつかった。
「いった!?」
「痛~っ!?」
こんなときにわけのわからない悪戯を仕掛けてきたリアンを睨む。
うわ、唇が切れて血が出ちゃってるよ。
血を舐めとる。鉄っぽい味が広がったのかもしれないが、そもそもずっと血の味がしているからあんまり気にしなくてもよかったかもしれない。
「え、うわ……」
リアンが目を見開いて、俺を見ている。目線が微妙に合っていない。
目線の先は俺の口。やたらと顔が赤らんでいる。
……。
さっきから感じていた、爆発してしまいそうなほどの力の奔流が俺の中から失われている。こ、こいつ……まさか……。
「あの」
リアンが一歩踏み出す。
俺が一歩下がる。
沈黙。
ややあって、もう一歩。
俺は手をかざした。
「おい、待て。待ってくれ。頼む、そのあれだ。あの、俺に男色の気はない。いいな?」
「は?」
背筋に氷柱を突っ込まれたかと思うほど底冷えする声。
そして、リアンの姿を急に見失ったかと思うと俺の意識はブラックアウトした。
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