第29話 あの日から一歩前へ
「その後の日々はとっても大変だったけど、二人で協力してなんとか生きてきた。そして今日、ウチたちの町を襲った
掻い摘んでの昔話を、リデアは静かに聞いていた。
「ウチらだけが苦労したなんて思ってない。きっと、リデアちゃんも他の審問会の人たちも、もっとすごい過去を抱えている人がいると思う。それでも、今この話を聞いて何か心に思うことがあったなら、ウチらを見逃してくれないかな」
真摯な目で自身の過去を語ったシーアの姿。
リデアは、二人の過去に思うところがあった。
彼女の話を聞かされても、何食わぬ顔で行動を起こす審問会の魔導師がほとんどだろう。
それでも、カインの在り方にリデアは興味を示していた。
(彼は私と同じ思いだったのだろうか……)
カインから話を聞きたいと思った。
そして何より――
「彼の所に案内して貰ってもいい? 安心して、もう襲おうなんて考えてないから。それに、貴方たちは私が憎んだ異端者とは違うみたい」
「信じて……くれるの? 異端者の言葉だけど」
「こんなことを言うなんてとても間抜けかもしれないけれどね。クラインさんは嘘をついてないって、そう思えるの」
初めて何の飾り気もなく接してきたシーアを、リデアは大切にしたかった。
それだけシーアが語った話から、彼女の想いを感じたのだ。
リデアの言葉を受け、シーアは再びリデアに抱きつくと、一緒にベッドへと倒れ込んだ。
「終わったよ、皆。勝手だけど、仇を討たせて貰ったよ」
どこか遠くを見つめるように、陽光の先を見る。
今でもしっかりと、皆の顔、声、その温もりを思い出せた。
「やり返すための鍛錬じゃない……か」
いつか口にした無垢な気持ちに、ふっと笑みが零れる。
自分が傷つくのは慣れていた。
皆に認めて貰いたいという思いはあったが、たった一人だけでも満足だった。
初めから何も持ち合わせてはいない。
だから、奪われることの本当の意味を理解していなかったのかもしれない。
与えられるだけで、それが消えてしまう孤独感とも違う胸の穴――喪失感と呼ぶべきもの。
そっと、自身の胸に手を当てる。
「失ったものは大き過ぎて、そのままでは俺は前に進めなかった。だからこそ、俺はヤツに復讐すると決めた。皆を殺したアイツを。結果、シーアも巻き込んだのが唯一の後悔……だな」
決意した時、シーアもまた一緒に背負うと言ってくれた。
二人で半分ずつ、と。
復讐は連鎖を生み、何も救えないというが、違うと思う。
だって、確かに感じるこの気持ちは、後悔なんかじゃないのだから。
例え、負の連鎖を連ねる結果になろうとも、この気持ちは嘘なんかじゃない。
だって――
「俺は……何かを救えた気がしたんだ……ゲイルさん、ナルさん、皆。俺は、間違ってたのかな……?」
応えはない。
ただそよ風が、その音を攫っていくだけだった。
シーアから服を借りて着替えたリデアは、彼女と共に
木陰の下で、カインがフランメヴィントの世話をしていた。
首筋を撫でて、フランメヴィントの働きを労っていたようだ。
二人が近づくのに気づいたカインは、手を止めずに振り返った。
「もう歩けるのか。何だ、コイツに礼を言いに来たのか?」
リデアは足を止めると、真正面からカインを見る。
「そう……ね。それもあるわ。でも、先に貴方に聞きたいことがあるの?」
「俺に……?」
カインは少し考える素振りを見せた後、合点がいったように口を開いた。
「ああ、どうやってアイツを倒したのか聞きたいのか。そうだよな、何たってアンタは審問会の魔導師だもんな」
カインの指摘は確かに的を外れてはいない。
だが、それは先程のシーアとの約束で、リデアはしないと決めていた。
「違うわ。私は貴方に、どう思っていたのか聞きたいの。周りが敵だらけだったその気持ちをね」
カインは少し驚いたように目を見開き、直ぐにリデアの隣にいるシーアに目をやった。
「リデアちゃんに少し話したの。ウチらのこと。助けたのなら、一緒に笑い合いたいもの。ごめんね、カーくん」
しおらしく謝るシーアに、カインはため息を吐いた。
「ったく、シーアは……まあ、聞いたんじゃ仕方ない。異端者ってことも、飲み込んだんだよな。それで、俺からそんなことを聞いてどうするんだ?」
リデアは目を伏せながら、自身が抱えている膿を吐露した。
「私も、一人だから」
その姿は、カインにどう映ったのだろうか。
カインはしばし考えた後、髪を掻きながら「少しだけ」と言って話し始めた。
「どうしてって気持ちが常にあった。どうして俺なんだと。どうして俺だけ違うのか。俺はただ、他の連中と一緒に普通に暮らしたかっただけなのに。だけど、そんな俺を認めてくれる人もいた。その人たちのおかげで、俺は壊れずに済んだ。ただそれだけだ」
真っ直ぐリデアを見つめるカインの瞳は、どこか遠くを眺めているようだった。
「憎んだりはしないの? 周りの人を……自分に課せられた運命を」
「したさ。だがそれは益にならないことだっただけ。だがそれも、今は違うけどな」
「今は……?」
「家族に手を出すヤツは容赦なく斬り捨てる」
それしか、他に残せないから。
その目が痛いほどにカインの気持ちを表していた。
もう失いたくないのだと。
リデアの口から、誰に言うでもなく言葉が零れた。
「貴方は……克服したのね」
「そうでもないさ。程度の差はあれど、
「……私もその温もりをまた持てるのかな…………」
リデアの問いに、隣にいたシーアは力強く頷いた。
「出来るよ。だってリデアちゃん優しいもの。それに、ウチはもうその空席に立候補してるんだよ。ウチと友達になろうよ」
シーアは、リデアの手を握る。
驚きの余り、リデアはしばらく呆然としていることしか出来なかった。
その姿を見て、カインは笑った。
「シーアはすごいだろ」
あれだけの長い年月で手に入らなかったものが、今傍にあるような気がしたのは、リデアの手を握る彼女から伝わる温もりのおかげなのだろうか。
「……ええ、とても」
噛み締めるように、リデアはカインの言葉に同意した。
見つけられるかもしれない。
(この二人と入れば、私にも認めてくれる誰かが――)
節目とは、こう言うことなのだろうか。
復讐の終わりに、自分と似た雰囲気の彼女と出会った。
「そう言えば、あの
「ん? ああ、そうだが」
「何? リデアちゃんもあいつと何かあったの?」
「いえ、何もない……とまではいかないかも。殺されそうになったんだし。まあ、そう言うことじゃなくて――」
「だったら何なんだ?」
「まあ、貴方たちの気持ちも審問会の魔導師としては分かるからね。一応言っとこうと思っただけよ。その――
リデアの言葉に、二人は呆気にとられた。
だが、次には笑い出してしまった。
「ははっ、まさか咎められる訳でもなく、祝われるなんてさ。アンタ面白いよ」
「ふふっ、これはありがとうって返すべきなのかな。でも誰かにそう言って貰えるだなんて、思ってもみなかった!」
「何よ、二人共! 折角労ったのに! こんなこと、普通言われないんだからね!」
二人の態度に、リデアは頬を膨らまして顔を背けた。
笑ってしまったのだが、カインはリデアに心底感謝していた。
どこか間違っているのではないか。彼らの思いに反しているのではないか。
(本当は間違っているのかもしれない。けれど、こうして言ってくれるヤツがいるのなら、少なくとも絶対に間違っている訳ではないんだよね、皆……)
この日、彼女は出会い、少女は安堵し、青年は終わりを迎えた。
過去に捕らわれていた因縁は断ち切られ、二人はこれからを歩み出す。
やっと、己の道を見つける旅へ。
斬魔のカイン ~魔法世界に剣が立つ~ はやみやげん @hayamiyagen
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