第2話: 群生地です。生えてました。
「ついに……ついに合法的に素材が拾える……!」
レイ=アークライドは、王都の南門通りに面した石造りの建物を見上げながら、
誰にも気づかれないテンションで、めちゃくちゃニヤけていた。
目的の建物――冒険者ギルド 王都本部支部。
剣と斧と双剣が交差した看板が掲げられており、見た目は完全に“戦闘職のたまり場”だが、
レイの脳内ではすでに、「採取依頼」「回収報告」「最短ルート構築」の三単語が行進していた。
中に入ると、そこはカオスの見本市だった。
受付で大声を張り上げる筋肉鎧の大男。
その隣で「今月の報酬、計算間違ってませんか?」と詰める金髪ローブの女性。
奥のベンチでは、受付カウンターに迷子の子供が納品されていた(!)
※誰かの依頼で拾われてきたらしい。
レイは静かに思った。
(いい。この雑多感、たまらなく“作業場”って感じする)
(受付嬢のメモ帳が擦り切れてるのも高ポイント。あれ絶対、依頼名一覧だ)
素材、情報、人材が集まり、交換され、散っていく。
ここはまさしく、採取と納品の聖地。
レイは一歩を踏み出した。
「さあ、登録だ。俺はこの世界で、素材とともに生きる」
*
「はい、こちらが新規登録カウンターです。冒険者登録をご希望ですか?」
受付にいたのは、完璧にまとめられた三つ編みと眼鏡が似合う女性だった。
年齢は二十代前半ほど。無駄口を叩かないタイプだ。
ただその横には、“どんな地雷が来ても微笑み対応”と書かれているような、鋼の接客スマイルがあった。
「はい。転生したばかりなんで、冒険者から始めようかと」
「……は?」
「いえ、独り言です。登録、お願いします!」
彼――レイ=アークライドは、さっそく申請用紙に名前を書き、記入欄にさらっと「スキル:転移」と書いた。
受付嬢の手がピタリと止まる。
「……え、転移、ですか?」
「はい、転移です!」
「移動する……だけの、転移?」
「そうです!移動ができる!つまり、素材回収が捗るんですよ!」
彼は興奮気味に身を乗り出した。
「例えば、素材を拾ってるときに魔物が来ても、転移!
座標登録で群生地に即ワープ!
ルート最適化で回収効率30%アップ! すごくないですか?」
受付嬢は内心で考えていた。
(……いや、なんかすごいテンションだけど、戦えないんだよねこの人)
(あと“素材素材”って何回言った? もう5回は言ったよね?)
「……わかりました。とりあえず、Fランクからスタートになります」
「問題ありません!」
「はい、こちらが登録証。それと、依頼リストです。……おすすめは薬草です」
「最高です!」
こうして、冒険者ギルドに“素材のことしか考えてない新人”が登録された。
受付嬢の三つ編みが、心なしかピクリと震えていた。
*
依頼内容:
制限時間:夕方まで。
場所:王都近郊、南東の旧道沿い。
「ふむ……完全に“当たり案件”だな」
そう呟きつつ、レイはすでに草原の地形と植生バランスを観察中だった。
――風の流れ、湿度、日照時間。
――隣接する植物の種類と根の張り方。
――そしてなにより、“前回誰かが採取した痕跡”。
「こっちの斜面は踏み荒らされてるな。残ってる確率は低い。
だったら……日陰の湿地側。あえてジメジメルートが残されてる可能性が高い」
他の冒険者たちは直感でそれぞれ散っていく中、
レイは一人、無言で道なき道をズンズン進んでいった。
そして、10分後――
「いた。いたいたいた……お前ら、そこにいたか……!」
彼の目の前には、まるで“素材の集会所”のように
アゼリアリーフがわさわさと群生していた。
「この葉脈の入り方……うん、完熟!香りも最高!繊維の張りも……完璧!」
もはや誰にも伝わらないテンションで、葉っぱ相手に大はしゃぎするレイ。
しゃがんで刈り取るたびに、なぜか笑みがこぼれる。
「俺は今、この世界と素材で繋がってる……ッ!」
気づけば、袋の中には20本以上の薬草が詰まっていた。
「依頼は10本? いやいや、予備は必要。加工ミス、納品トラブル、保存失敗、
全部想定して倍持ち帰るのがプロってもんだ」
完全に誰も頼んでないプロ精神を発揮し、意気揚々と立ち上がる。
が――
「…………お、おも……」
レイは、重みで体ごと前にぐにゃりと崩れた。
袋に詰めすぎた。
薬草がこんなに重いわけがない……はずなのに、なぜか袋がずっしりと背筋を折る重さを発している。
「おかしいな……素材って、愛だけじゃ運べないのか……?」
その瞬間、レイの中に“運搬の効率化”という新たな欲求が芽生えた。
(……この手間を、どうにかできれば……次は、もっと集められる……!)
(俺は……まだ、運搬に進化の余地を残している!)
レイは覚えたての《転移》を何回も駆使し、
30メートルずつ、吐き気と戦いながら素材を運び続けた。
素材の群生地に咲く、ひとりの変態的努力家の姿がそこにあった。
*
「……これは、依頼分の2倍以上、ありますね……?」
受付嬢――三つ編みのしっかり者は、テーブルの上に積み上げられたアゼリアリーフの山を見つめながら、手元のカウント石を押す手を一瞬止めた。
目の前のレイは、というと。
「全部、自然に生えてました! 採取時間は計測してませんが、だいたい10分です!」
「(即答だこの人……)」
彼の笑顔は、完全に**「ドロップ率が良かった日」のそれ**だった。
すると、カウンターの奥から、見覚えのある顔が何人かこちらを振り返る。
「あの時、旧道で会ったやつだよな」
「いやおかしいって、俺ら2本とか3本だったぞ」
「なあ、お前どこでそんなに拾ったんだよ!?」
冒険者たちがわらわらとレイの周りに集まり、詰め寄る。
中には「ズルしたんじゃね?」と、ちょっと怖いお兄さんも混じっている。
が、レイはきっぱり言い切った。
「群生地です。生えてました。」
その瞬間、全員が**“情報共有会で一番腹立つ奴の返答”**を食らったかのような顔になった。
「……いや、それは分かってんだよ!」
「どこの群生地だよ!? 俺たちが見た限り、全然生えてなかったぞ!?」
「お前だけ、地面に話しかけたら草が返事してくれるとかそういう系か!?」
「いやいや。日陰と湿度と隣接植物の根の向き見てただけです」
「わっかんねぇよ!!」
騒ぎを遠巻きに見ていた受付嬢は、ぽつりと呟いた。
「……また変なの、登録しちゃったな……」
*
「あなた、植物の扱い……すごく丁寧ですね」
レイが大量の薬草を並べて“自己乾燥チェック”をしていたその背後から、
ぽつりとそんな声がかかった。
振り返ると、ギルドの調合師と思しき少女が立っていた。
白い上着に袖まくり、手にはすでにハーブを数本抱えている。
「あっ、はい。素材が、好きなんで」
レイは迷いなく答えた。真顔で。
その瞳はまるで、目の前の薬草を“推し”として見つめているオタクのそれだった。
少女は一瞬黙った後、ふふっと小さく笑って言った。
「……なんだか、面白い人ですね」
周囲はまだ、「あの新人ヤバい」とざわついていたが、
彼は気づかない。
素材を愛し、素材に愛され(?)、
ついでにギルドの“珍獣マーク”も獲得しつつある彼の名は――
レイ=アークライド。Fランク冒険者(素材専門)。
*
その夜。
納品袋の整理中、レイはふと、違和感に気づいた。
「……ん? 魔力、勝手に動いてね?」
いつも通りに手を伸ばした薬草が、
ふわっと宙に浮いたかと思うと――
スッ……とどこかへ消えた。
「あれ? 俺、今の拾ってないよな?」
「てか……これ、収納された?」
納品袋が、妙に軽い。
「……いや、これもしや……」
素材運搬の救世主。効率厨の憧れ。
地味に便利すぎる収納魔法、その名も――
《マテリアルシフト》、誕生前夜。
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