第2話: 群生地です。生えてました。



 「ついに……ついに合法的に素材が拾える……!」


 レイ=アークライドは、王都の南門通りに面した石造りの建物を見上げながら、

 誰にも気づかれないテンションで、めちゃくちゃニヤけていた。


 目的の建物――冒険者ギルド 王都本部支部。

 剣と斧と双剣が交差した看板が掲げられており、見た目は完全に“戦闘職のたまり場”だが、

 レイの脳内ではすでに、「採取依頼」「回収報告」「最短ルート構築」の三単語が行進していた。




 中に入ると、そこはカオスの見本市だった。


 受付で大声を張り上げる筋肉鎧の大男。

 その隣で「今月の報酬、計算間違ってませんか?」と詰める金髪ローブの女性。

 奥のベンチでは、受付カウンターに迷子の子供が納品されていた(!)

 ※誰かの依頼で拾われてきたらしい。


 レイは静かに思った。


 (いい。この雑多感、たまらなく“作業場”って感じする)

 (受付嬢のメモ帳が擦り切れてるのも高ポイント。あれ絶対、依頼名一覧だ)




 素材、情報、人材が集まり、交換され、散っていく。

 ここはまさしく、採取と納品の聖地。


 レイは一歩を踏み出した。


 「さあ、登録だ。俺はこの世界で、素材とともに生きる」




 「はい、こちらが新規登録カウンターです。冒険者登録をご希望ですか?」


 受付にいたのは、完璧にまとめられた三つ編みと眼鏡が似合う女性だった。

 年齢は二十代前半ほど。無駄口を叩かないタイプだ。

 ただその横には、“どんな地雷が来ても微笑み対応”と書かれているような、鋼の接客スマイルがあった。


 「はい。転生したばかりなんで、冒険者から始めようかと」

 「……は?」

 「いえ、独り言です。登録、お願いします!」


 彼――レイ=アークライドは、さっそく申請用紙に名前を書き、記入欄にさらっと「スキル:転移」と書いた。


 受付嬢の手がピタリと止まる。


 「……え、転移、ですか?」

 「はい、転移です!」

 「移動する……だけの、転移?」

 「そうです!移動ができる!つまり、素材回収が捗るんですよ!」


 彼は興奮気味に身を乗り出した。


 「例えば、素材を拾ってるときに魔物が来ても、転移!

  座標登録で群生地に即ワープ!

  ルート最適化で回収効率30%アップ! すごくないですか?」


 受付嬢は内心で考えていた。


 (……いや、なんかすごいテンションだけど、戦えないんだよねこの人)

 (あと“素材素材”って何回言った? もう5回は言ったよね?)


 「……わかりました。とりあえず、Fランクからスタートになります」

 「問題ありません!」

 「はい、こちらが登録証。それと、依頼リストです。……おすすめは薬草です」

 「最高です!」


 こうして、冒険者ギルドに“素材のことしか考えてない新人”が登録された。


 受付嬢の三つ編みが、心なしかピクリと震えていた。





 依頼内容:薬草アゼリアリーフを10本納品。

 制限時間:夕方まで。

 場所:王都近郊、南東の旧道沿い。


 「ふむ……完全に“当たり案件”だな」

 そう呟きつつ、レイはすでに草原の地形と植生バランスを観察中だった。


 ――風の流れ、湿度、日照時間。

 ――隣接する植物の種類と根の張り方。

 ――そしてなにより、“前回誰かが採取した痕跡”。


 「こっちの斜面は踏み荒らされてるな。残ってる確率は低い。

 だったら……日陰の湿地側。あえてジメジメルートが残されてる可能性が高い」


 他の冒険者たちは直感でそれぞれ散っていく中、

 レイは一人、無言で道なき道をズンズン進んでいった。




 そして、10分後――


 「いた。いたいたいた……お前ら、そこにいたか……!」


 彼の目の前には、まるで“素材の集会所”のように

 アゼリアリーフがわさわさと群生していた。


 「この葉脈の入り方……うん、完熟!香りも最高!繊維の張りも……完璧!」


 もはや誰にも伝わらないテンションで、葉っぱ相手に大はしゃぎするレイ。

 しゃがんで刈り取るたびに、なぜか笑みがこぼれる。


 「俺は今、この世界と素材で繋がってる……ッ!」




 気づけば、袋の中には20本以上の薬草が詰まっていた。


 「依頼は10本? いやいや、予備は必要。加工ミス、納品トラブル、保存失敗、

 全部想定して倍持ち帰るのがプロってもんだ」


 完全に誰も頼んでないプロ精神を発揮し、意気揚々と立ち上がる。


 が――


 「…………お、おも……」

 レイは、重みで体ごと前にぐにゃりと崩れた。




 袋に詰めすぎた。

 薬草がこんなに重いわけがない……はずなのに、なぜか袋がずっしりと背筋を折る重さを発している。


 「おかしいな……素材って、愛だけじゃ運べないのか……?」


 その瞬間、レイの中に“運搬の効率化”という新たな欲求が芽生えた。


 (……この手間を、どうにかできれば……次は、もっと集められる……!)

 (俺は……まだ、運搬に進化の余地を残している!)




 レイは覚えたての《転移》を何回も駆使し、

 30メートルずつ、吐き気と戦いながら素材を運び続けた。


 素材の群生地に咲く、ひとりの変態的努力家の姿がそこにあった。





 「……これは、依頼分の2倍以上、ありますね……?」


 受付嬢――三つ編みのしっかり者は、テーブルの上に積み上げられたアゼリアリーフの山を見つめながら、手元のカウント石を押す手を一瞬止めた。


 目の前のレイは、というと。


 「全部、自然に生えてました! 採取時間は計測してませんが、だいたい10分です!」

 「(即答だこの人……)」


 彼の笑顔は、完全に**「ドロップ率が良かった日」のそれ**だった。




 すると、カウンターの奥から、見覚えのある顔が何人かこちらを振り返る。


 「あの時、旧道で会ったやつだよな」

 「いやおかしいって、俺ら2本とか3本だったぞ」

 「なあ、お前どこでそんなに拾ったんだよ!?」


 冒険者たちがわらわらとレイの周りに集まり、詰め寄る。

 中には「ズルしたんじゃね?」と、ちょっと怖いお兄さんも混じっている。


 が、レイはきっぱり言い切った。


 「群生地です。生えてました。」


 その瞬間、全員が**“情報共有会で一番腹立つ奴の返答”**を食らったかのような顔になった。


 「……いや、それは分かってんだよ!」

 「どこの群生地だよ!? 俺たちが見た限り、全然生えてなかったぞ!?」

 「お前だけ、地面に話しかけたら草が返事してくれるとかそういう系か!?」


 「いやいや。日陰と湿度と隣接植物の根の向き見てただけです」

 「わっかんねぇよ!!」



 騒ぎを遠巻きに見ていた受付嬢は、ぽつりと呟いた。


 「……また変なの、登録しちゃったな……」




 「あなた、植物の扱い……すごく丁寧ですね」


 レイが大量の薬草を並べて“自己乾燥チェック”をしていたその背後から、

 ぽつりとそんな声がかかった。


 振り返ると、ギルドの調合師と思しき少女が立っていた。

 白い上着に袖まくり、手にはすでにハーブを数本抱えている。


 「あっ、はい。素材が、好きなんで」


 レイは迷いなく答えた。真顔で。


 その瞳はまるで、目の前の薬草を“推し”として見つめているオタクのそれだった。


 少女は一瞬黙った後、ふふっと小さく笑って言った。


 「……なんだか、面白い人ですね」




 周囲はまだ、「あの新人ヤバい」とざわついていたが、

 彼は気づかない。


 素材を愛し、素材に愛され(?)、

 ついでにギルドの“珍獣マーク”も獲得しつつある彼の名は――


 レイ=アークライド。Fランク冒険者(素材専門)。



 その夜。

 納品袋の整理中、レイはふと、違和感に気づいた。


 「……ん? 魔力、勝手に動いてね?」


 いつも通りに手を伸ばした薬草が、

 ふわっと宙に浮いたかと思うと――


 スッ……とどこかへ消えた。


 「あれ? 俺、今の拾ってないよな?」

 「てか……これ、収納された?」


 納品袋が、妙に軽い。


 「……いや、これもしや……」


 素材運搬の救世主。効率厨の憧れ。

 地味に便利すぎる収納魔法、その名も――


 《マテリアルシフト》、誕生前夜。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る