第3話: 逃げスキル? いいえ、戦術です。
翌朝。
レイ=アークライドは、昨夜の“事件”を検証すべく、部屋の隅でしゃがみ込んでいた。
目の前には、昨日納品しきれなかったアゼリアリーフの残り。
手を伸ばした瞬間、それは――
スッ……
空気も触れていないのに、
ひとりでにふわっと浮かび、ピュンッと袋の中に収まった。
「…………」
「……いやいやいやいや」
「今の、俺の手じゃないよな? 魔力とか詠唱とか、してないよな!?」
レイは慌てて別の薬草にも手をかざす。
――ピュッ。
また、袋に吸い込まれる。
「マジで収納されてるううう!?!?」
パニック半分・テンション半分のレイの脳内に、
突如として“無感情な女性の声”が響いた。
⸻
《スキル【マテリアルシフト】が覚醒しました》
⸻
「おぉおおおおおおお!?!?」
思わず壁に背中を打ち付けながら、レイは叫ぶ。
喜びとか驚きとかじゃなく、完全に素材収納でテンションをぶち上げた変人の叫びだった。
「なにそれ名前カッコいい! てか、素材収納できるとか、まさかの空間ストレージ系!?
転移スキルの派生!? いや、これチートでは!?!?!?」
その日、王都のとある宿で「素材が勝手に吸い込まれた」と叫びながらガッツポーズを取る少年の姿が目撃され、
宿の受付が少し距離を取るようになったのは、また別の話である。
*
「まずは、素材じゃないやつからいこう。うん、落ち着け俺」
レイは自分に言い聞かせながら、宿の机に並べた“小石”にそっと手をかざした。
ピュッ。
→ 消える。
→ 出現、袋の中。
「はい、収納ぉおおおお!!」
続いて薬草、パン、木の枝、さらには壊れかけたナイフまで――
すべてがスッと浮いてピュンと吸い込まれる。
「どう見ても収納です!ありがとうございましたあああ!」
その瞬間、レイの脳内にパッと何かが開いた。
――《MATERIAL SHIFT:管理インターフェースを展開します》
「おわっ!? UI出た!? 脳内UIきた!? え、超見やすいんだけど!?」
そこには、「素材名」「個数」「重さ」「登録日」などが一覧表示され、
カテゴリごとにタブ管理されていた。
・消耗品|食料|武器|薬草類|石|謎の枝
→ スクロールで中身確認可能。タグ編集もできる。
「タグ!? カスタムタグ!? 俺のためにあるような機能じゃん!?」
さらに、レイは恐る恐る命令してみた。
「薬草、全部出して」
→ パサッ。 テーブルに10本ずつ整列。
「石、3つだけ出して」
→ カン、カン、カン。 命令通りに並ぶ。
「うわっ……便利すぎる……!」
素材管理が、考えるだけでできる。
分類、収納、展開、選択、取り出し……“全自動倉庫ゲーム”が現実になっていた。
「この神UI……『倉庫インターフェース1.0』って名付けていい?」
脳内:《名称変更機能は現在準備中です》
「うわ、丁寧な返答……好き……!」
レイはひとり、素材を収納しては眺め、取り出しては並べ、
最終的にパンと薬草を同じカテゴリにしてしまい「回復アイテム」と一括命名するという暴挙に出た。
この男、すでに戦場ではなく保管庫に生きている。
*
初心者向け狩場――通称「草むらの裏庭」。
基本的には薬草・きのこ・時々スライムくらいしか出ない超ぬるいエリアだ。
レイも、素材目的のFランクたちと一緒にぺこぺこと草むらを掘っていた。
今日はマテリアルシフトのテストも兼ねて、**“実地での自動分類チャレンジ”**という高尚な目的がある。
「この“白いふわふわ”は……“花粉系”タグだな。よし、分けるか……」
脳内倉庫でラベリングを始めたその時だった。
ガルルルッ……!!
低く、獣のような唸り声が響く。
「ん?」
レイが顔を上げた瞬間――
バサッ! ガシャアァン!
草むらが裂けて、デカくて牙だらけのモグラみたいな魔物が飛び出した。
名前:ファングモール。
本来ならもう少し奥地にしか出ないはずの魔物だ。
「え、なんでお前出てきたの!? ここ“安全エリア”じゃなかったの!?!?」
冒険者たちは即パニック。
「ぎゃああああああ!」
「なんか牙出てるのきたあああああああ!!」
「Fランクの案件じゃねぇええええええ!!」
そのうちの1人が転倒し、足を噛まれてしまう。
「うぎゃあああ! 助けてえええ!」
「戦えるやつ呼べー!!」
「誰か、火の魔法使えるやつ! 火っぽいやつ呼んでー!!」
レイはというと、完全にテンパりつつも――冷静だった。
(あの魔物、動き重い。斜面は嫌い。で、牙がでかすぎて咬むと抜けにくい)
(よし、ルート引けば逃げられる)
そして、負傷者の肩を抱えて、静かに言い放った。
「逃げましょう。俺がルート作ります」
「えっ、おま――」
「逃げは戦術です。俺、転移スキル持ってますから。」
「そういう問題!?」
レイは即座に、地形を読みながら座標登録を開始。
魔物の視界を避けて、木の陰から物陰へ、魔法の残り香のある草むらを通り抜ける。
負傷者の装備も《マテリアルシフト》で一時収納し、軽量化。
そして、
「転移!」
ズンッと空間がねじれ、ふたりの姿がふっと木陰へ移動。
ファングモールがうなりながら鼻を鳴らしたが、
すでに彼らは“逃げルートのその先”にいた。
レイは、負傷者を安全地帯に寝かせると、息をついて言った。
「このルート、素材回収用に下見してたんですよね」
「ほんと助かった……というか、何その用途……?」
*
レイは負傷者の腕を自分の肩にかけつつ、キッと前を見据えた。
「よし、いける。ルートは……最短、五回転移で逃げ切れる」
「五回!? 魔法的に無理じゃ――」
「大丈夫。俺、もう慣れてるから」
そう、素材を拾うために、30メートルごとに座標登録してあるのだ。
完全に、素材のためだけに。
*
「転移!」
ズンッと空間がねじれ、ふたりは物陰から物陰へ――
草むら→大岩の裏→木の幹の陰→廃屋の影→そして最後の抜け道へとワープを繰り返した。
途中、負傷者の装備を《マテリアルシフト》で次々収納。
「うおっ!? 剣が消えた!? 盾も!? あ、パンまで!?」
「軽くなりましたね。じゃあ、もう一回いきましょう」
「素材を収納するノリで人間を運ぶな!!」
そして、抜け道を抜けたその先。
森の中にぽっかり空いた、日当たりの良い小さな広場。
そこが、レイが“万が一の素材加工休憩用”に登録していた安全座標ポイントだった。
「ふぅ……完璧なルート取りだったな」
「……あのさ、なんでそんな場所知ってんの?」
「昨日ここで乾燥ヨモギ見つけてたんですよ」
「素材目的ぃ!?」
騒ぎが落ち着いたあと、ふたりが戻ってくると――
現場に残った冒険者たちが、ざわ……と視線を集めた。
「え、お前……助けに行ってたのか?」
「てっきり、一番最初に逃げたのかと……」
「ってか、あのルート通ったの!? 普通に歩いたら三十分だぞ……」
負傷者がつぶやいた。
「マジで助かった……お前、転移のプロか?」
「いや、素材ルートの副産物です」
「副産物!?!?」
その日以来、ギルドではこう噂されるようになった。
“逃げ特化型のFランクが、やけに役に立つ”――と。
*
レイは素材袋の重さを再確認しながら、ふと独り言のように呟いた。
「なるほどな……転移って、ルート構築できるからこそ“戦わずに勝てる”んだな……」
負傷者を無事に運びきった帰り道。
本人は何もなかったかのように、拾いそこねた草を回収しながら歩いている。
「よし、じゃあ次は“戦場脱出マップ”でも作るか。
素材回収ルートと兼用にすれば、ついでに採れるし一石二鳥だな……!」
どこまでもブレない素材厨。
命がけの戦場であっても、“ついで回収”を優先するその精神――
もはや一周回って、戦術家の発想に近づいていた。
遠巻きにそれを見ていた中堅冒険者が、ぽつりと呟いた。
「……あいつ、支援役に向いてるんじゃねぇの?」
「戦ってないのに、なんかすげぇ役に立ってたよな」
「逃げてるだけなのに、助けられたっていうか……」
「つーか、あの素材ルート、どうやって知ってんだよ……」
そう――
戦わないFランク。逃げの達人。
だが今、ギルド内では密かにこう呼ばれ始めていた。
“素材で戦場を制する男”と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます