第3話: 逃げスキル? いいえ、戦術です。



 翌朝。

 レイ=アークライドは、昨夜の“事件”を検証すべく、部屋の隅でしゃがみ込んでいた。


 目の前には、昨日納品しきれなかったアゼリアリーフの残り。

 手を伸ばした瞬間、それは――


 スッ……


 空気も触れていないのに、

 ひとりでにふわっと浮かび、ピュンッと袋の中に収まった。


 「…………」

 「……いやいやいやいや」

 「今の、俺の手じゃないよな? 魔力とか詠唱とか、してないよな!?」


 レイは慌てて別の薬草にも手をかざす。

 ――ピュッ。

 また、袋に吸い込まれる。


 「マジで収納されてるううう!?!?」




 パニック半分・テンション半分のレイの脳内に、

 突如として“無感情な女性の声”が響いた。



《スキル【マテリアルシフト】が覚醒しました》



 「おぉおおおおおおお!?!?」


 思わず壁に背中を打ち付けながら、レイは叫ぶ。

 喜びとか驚きとかじゃなく、完全に素材収納でテンションをぶち上げた変人の叫びだった。


 「なにそれ名前カッコいい! てか、素材収納できるとか、まさかの空間ストレージ系!?

 転移スキルの派生!? いや、これチートでは!?!?!?」


 その日、王都のとある宿で「素材が勝手に吸い込まれた」と叫びながらガッツポーズを取る少年の姿が目撃され、

 宿の受付が少し距離を取るようになったのは、また別の話である。





 「まずは、素材じゃないやつからいこう。うん、落ち着け俺」


 レイは自分に言い聞かせながら、宿の机に並べた“小石”にそっと手をかざした。


 ピュッ。

 → 消える。

 → 出現、袋の中。


 「はい、収納ぉおおおお!!」


 続いて薬草、パン、木の枝、さらには壊れかけたナイフまで――

 すべてがスッと浮いてピュンと吸い込まれる。


 「どう見ても収納です!ありがとうございましたあああ!」




 その瞬間、レイの脳内にパッと何かが開いた。


 ――《MATERIAL SHIFT:管理インターフェースを展開します》


 「おわっ!? UI出た!? 脳内UIきた!? え、超見やすいんだけど!?」


 そこには、「素材名」「個数」「重さ」「登録日」などが一覧表示され、

 カテゴリごとにタブ管理されていた。


 ・消耗品|食料|武器|薬草類|石|謎の枝

 → スクロールで中身確認可能。タグ編集もできる。


 「タグ!? カスタムタグ!? 俺のためにあるような機能じゃん!?」




 さらに、レイは恐る恐る命令してみた。


 「薬草、全部出して」

 → パサッ。 テーブルに10本ずつ整列。

 「石、3つだけ出して」

 → カン、カン、カン。 命令通りに並ぶ。


 「うわっ……便利すぎる……!」


 素材管理が、考えるだけでできる。

 分類、収納、展開、選択、取り出し……“全自動倉庫ゲーム”が現実になっていた。




 「この神UI……『倉庫インターフェース1.0』って名付けていい?」


 脳内:《名称変更機能は現在準備中です》


 「うわ、丁寧な返答……好き……!」


 レイはひとり、素材を収納しては眺め、取り出しては並べ、

 最終的にパンと薬草を同じカテゴリにしてしまい「回復アイテム」と一括命名するという暴挙に出た。


 この男、すでに戦場ではなく保管庫に生きている。




 初心者向け狩場――通称「草むらの裏庭」。

 基本的には薬草・きのこ・時々スライムくらいしか出ない超ぬるいエリアだ。


 レイも、素材目的のFランクたちと一緒にぺこぺこと草むらを掘っていた。

 今日はマテリアルシフトのテストも兼ねて、**“実地での自動分類チャレンジ”**という高尚な目的がある。


 「この“白いふわふわ”は……“花粉系”タグだな。よし、分けるか……」

 脳内倉庫でラベリングを始めたその時だった。




 ガルルルッ……!!


 低く、獣のような唸り声が響く。


 「ん?」

 レイが顔を上げた瞬間――


 バサッ! ガシャアァン!

 草むらが裂けて、デカくて牙だらけのモグラみたいな魔物が飛び出した。


 名前:ファングモール。

 本来ならもう少し奥地にしか出ないはずの魔物だ。


 「え、なんでお前出てきたの!? ここ“安全エリア”じゃなかったの!?!?」




 冒険者たちは即パニック。


 「ぎゃああああああ!」

 「なんか牙出てるのきたあああああああ!!」

 「Fランクの案件じゃねぇええええええ!!」


 そのうちの1人が転倒し、足を噛まれてしまう。


 「うぎゃあああ! 助けてえええ!」

 「戦えるやつ呼べー!!」

 「誰か、火の魔法使えるやつ! 火っぽいやつ呼んでー!!」




 レイはというと、完全にテンパりつつも――冷静だった。


 (あの魔物、動き重い。斜面は嫌い。で、牙がでかすぎて咬むと抜けにくい)

 (よし、ルート引けば逃げられる)


 そして、負傷者の肩を抱えて、静かに言い放った。


 「逃げましょう。俺がルート作ります」


 「えっ、おま――」

 「逃げは戦術です。俺、転移スキル持ってますから。」

 「そういう問題!?」




 レイは即座に、地形を読みながら座標登録を開始。

 魔物の視界を避けて、木の陰から物陰へ、魔法の残り香のある草むらを通り抜ける。

 負傷者の装備も《マテリアルシフト》で一時収納し、軽量化。


 そして、


 「転移!」


 ズンッと空間がねじれ、ふたりの姿がふっと木陰へ移動。


 ファングモールがうなりながら鼻を鳴らしたが、

 すでに彼らは“逃げルートのその先”にいた。




 レイは、負傷者を安全地帯に寝かせると、息をついて言った。


 「このルート、素材回収用に下見してたんですよね」

 「ほんと助かった……というか、何その用途……?」




 レイは負傷者の腕を自分の肩にかけつつ、キッと前を見据えた。


 「よし、いける。ルートは……最短、五回転移で逃げ切れる」

 「五回!? 魔法的に無理じゃ――」

 「大丈夫。俺、もう慣れてるから」


 そう、素材を拾うために、30メートルごとに座標登録してあるのだ。

 完全に、素材のためだけに。



 「転移!」


 ズンッと空間がねじれ、ふたりは物陰から物陰へ――

 草むら→大岩の裏→木の幹の陰→廃屋の影→そして最後の抜け道へとワープを繰り返した。


 途中、負傷者の装備を《マテリアルシフト》で次々収納。


 「うおっ!? 剣が消えた!? 盾も!? あ、パンまで!?」

 「軽くなりましたね。じゃあ、もう一回いきましょう」

 「素材を収納するノリで人間を運ぶな!!」




 そして、抜け道を抜けたその先。


 森の中にぽっかり空いた、日当たりの良い小さな広場。

 そこが、レイが“万が一の素材加工休憩用”に登録していた安全座標ポイントだった。


 「ふぅ……完璧なルート取りだったな」

 「……あのさ、なんでそんな場所知ってんの?」

 「昨日ここで乾燥ヨモギ見つけてたんですよ」

 「素材目的ぃ!?」




 騒ぎが落ち着いたあと、ふたりが戻ってくると――

 現場に残った冒険者たちが、ざわ……と視線を集めた。


 「え、お前……助けに行ってたのか?」

 「てっきり、一番最初に逃げたのかと……」

 「ってか、あのルート通ったの!? 普通に歩いたら三十分だぞ……」


 負傷者がつぶやいた。


 「マジで助かった……お前、転移のプロか?」

 「いや、素材ルートの副産物です」

 「副産物!?!?」




 その日以来、ギルドではこう噂されるようになった。


 “逃げ特化型のFランクが、やけに役に立つ”――と。




 レイは素材袋の重さを再確認しながら、ふと独り言のように呟いた。


 「なるほどな……転移って、ルート構築できるからこそ“戦わずに勝てる”んだな……」


 負傷者を無事に運びきった帰り道。

 本人は何もなかったかのように、拾いそこねた草を回収しながら歩いている。


 「よし、じゃあ次は“戦場脱出マップ”でも作るか。

  素材回収ルートと兼用にすれば、ついでに採れるし一石二鳥だな……!」


 どこまでもブレない素材厨。

 命がけの戦場であっても、“ついで回収”を優先するその精神――


 もはや一周回って、戦術家の発想に近づいていた。




 遠巻きにそれを見ていた中堅冒険者が、ぽつりと呟いた。


 「……あいつ、支援役に向いてるんじゃねぇの?」


 「戦ってないのに、なんかすげぇ役に立ってたよな」

 「逃げてるだけなのに、助けられたっていうか……」

 「つーか、あの素材ルート、どうやって知ってんだよ……」


 そう――

 戦わないFランク。逃げの達人。

 だが今、ギルド内では密かにこう呼ばれ始めていた。


 “素材で戦場を制する男”と。


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