作業厨の異世界転生〜転移だけでどうやって戦えと?〜
霜月ルイ
序章:素材が俺を呼んでいる(全12話)
第1話:転生したら貴族だったけどスキルがクソ(最高)だった。
深夜三時。
世界が静まり返る中、彼――神野 連(じんの・れん)は、モニターの前で息を潜めていた。
手は止まらない。
クリック、スクロール、キー操作、エナドリの残骸。
目は据わり、肩は凝り、指先はもはや“自動化”に近い動きで動いている。
目的はただひとつ。
イベント限定素材、『黒耀の竜核石』をあと5個集めること。
「よし……ルート固定、回収効率は最大。ドロップ率は……たぶん祈り次第……」
小声でぶつぶつとつぶやきながら、彼はまるで祈るようにマウスを握る。
そして次の瞬間――
ぐらり、と視界が傾いだ。
「あ……れ?」
手から力が抜け、椅子ごと後ろに傾く。
「ちょ、まだ……あと5個で、フルコンプなのに……」
最後に呟いたのは、家族でも、恋人でも、遺言でもなく。
ただの、ドロップ素材だった。
彼はそのまま、静かに倒れた。
PCの画面では、キャラクターが勝手に走り続けている。
BGMだけが、やたら壮大に鳴り響いていた。
そして――
ブラックアウト。
*
目が覚めたら、赤ん坊だった。
というか、いきなり息が吸えなかった。
「オギャアアアア!」
「産声をあげたぞ! 立派な男子だ!」
「さすがアークライド家の三男坊!」
「この子もいずれ、国の剣となるだろう……!」
――などと盛り上がる医師たちを尻目に、
連(れん)、改めレイ=アークライドは、静かに思った。
(……え、転生って、もっとファンタジーな感じじゃないの?)
(っていうか“連”から“レイ”って、もはや誤字だろ)
こうして名門騎士爵家の三男として、レイの異世界ライフが幕を開けた。
が。
成長するにつれ、周囲は気づいた。
――この子、運動できない。
剣の素振りで自分の足を切りかける。
魔法訓練では火球が真上に飛んで髪が焦げる。
そして本人はというと、
「素材集めって、めちゃくちゃ楽しくない?」
「この辺、モンスターの糞が多いから近くに巣があるよ」
「あと三日で苔が再生するから、今のうちに刈っとこう」
などと、“狩場マニア”として覚醒し始めていた。
周囲の期待と、彼の熱意は、一度たりとも交わらなかった。
――そして十五歳の春。
ついに迎える、「スキル授与の儀式」。
親戚一同が集まり、兄たちは鎧姿で並び、式典ホールはピリついていた。
が、レイはただ一人、考えていた。
(採取スキル来い……! せめて鑑定! あと、できればスタック数増加!)
その瞬間、神官が高らかに告げた。
「レイ=アークライド殿に授けられしは――《転移》!」
場が静まり返る。
兄の剣がカツン、と地面に落ちた。
そして父が、実に慈しむような笑顔で言った。
「……好きに生きなさい」
*
「レイ=アークライド殿に授けられしは――」
神官の声が、厳かに式場に響き渡る。
「《転移》、でございます」
……沈黙。
会場の空気が、まるでスキルの一言で“転移”してしまったかのように凍りついた。
「て、転移? あの、“逃げるだけ”のやつか?」
「近距離だと座標ズレ起こすんじゃ……?」
「いや、むしろ逃げミスって自爆するタイプでは?」
「戦えないし、実質スキル無しじゃね?」
兄たちは剣を鞘に戻しながら、ため息混じりに背を向ける。
母はハンカチで目を拭くが、明らかに“喜びの涙”ではない。
父は静かに口を開いた。
「……レイ、お前はもう自由に生きなさい」
その言葉の意味を、レイは正しく理解していた。
――期待されていない。見限られた。それだけだ。
が。
「よっっっしゃあ!!!」
突然、レイがガッツポーズを決めた。
「来た来た来た! 《転移》ってことは、座標登録できるんだろ!?
ってことは最短ルート構築も、回避パターンの事前配置もできるし、
荷物持ってても移動速度落ちないし……うわ、作業効率上がりまくるぞコレ……!」
周囲(……何言ってんのこの子……)
彼の脳内ではすでに、フィールドマップと回収ルートの理想解が展開されていた。
貴族の末弟、名門の落ちこぼれ、騎士団からは戦力外――
でも彼は、そんなレッテルを気にも留めずに、ひとり笑っていた。
*
「この世界に、冒険者ギルドがあるのは確認済みだ」
レイ=アークライドは、朝焼けの中を一人で歩いていた。
名門騎士爵家の三男として生まれ、十五歳で“戦力外”認定。
見送りはゼロ。
門番すら目を合わせずに「ご武運を」と棒読みで告げたのみだった。
持ち物は革袋ひとつと、水とパン、そして――
⸻
《転移》:座標を登録し、最大30メートルの瞬間移動が可能。
連続使用は魔力と体調に影響を与えるため推奨されない。
登録可能座標:最大20。慣れと精度により拡張される可能性あり。
⸻
「……いいね。
初期仕様で30メートルなら、素材回収ルート最適化に十分使える。
魔物を避けて移動→採取→即帰還、いけるじゃん」
レイはにやりと笑いながら、森の近くにある倒木を座標に登録する。
「よし。転移――!」
次の瞬間、世界が一瞬ねじれ、ふっと身体が浮いた感覚。
直後、地面に尻もちをつく。
「ぬおっ……わっぷ……うぇ……」
膝に手をつき、胃の中が反乱を起こしかけている。
※魔力消費:中/吐き気レベル:軽中度
⸻
だが、彼の目は輝いていた。
「慣れればいける。これは神スキルだ」
「30m先に拠点、50mごとに採取点、素材重量が多くなっても移動は固定……」
「最終的には、数km先の狩場にワープして、即帰還→納品。ヤバい、楽しすぎる……!」
完全に“戦う”という選択肢が存在していない。
素材を集め、ルートを描き、座標をつなぐ――それが、レイの“戦い”だった。
⸻
遠くに、石造りの建物が見えた。
看板には、見慣れたマーク――冒険者ギルドの紋章が揺れている。
「ここからが本番だ」
「まずは素材10種。完璧に採取ルート、構築してやるか」
そして、彼は笑った。
“戦わずして戦場に立つ男”の第一歩が、今始まった。
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