シャッター商店街の独身貴族は、ささやかな平和をのぞむ

ヤスイ・テツカズ(安井鉄和)

第1話 店を継がなかった

 おれの名前は、臼井圭太うすいけいた。団塊ジュニアで、もうすぐシニア。中高年、低収入、低身長。なんだか、非モテ三原則みたいだな。いや、まったく関係なさそうだ。ことし、たぶん数回ほど、年下の上司に、「結婚願望はないのか」と訊かれたが、余計なお世話だ。その人も独身だけど。若い人から見たら、あんなふうになりたくないってやつなのかもしれない。


 おれは、非正規のエッセンシャルワーカー。かつては、三交替や二交替も経験した。そして、夜勤も厭わない。


 商人の子供なのに、店を継がなかった。でも、それでよかったのだろう。むかしなじみの近隣一帯は、シャッター商店街になってしまった。でも、そこに住み続けている。そしたら、ちょっと歩いたところに、有名な系列のスーパーマーケットができた。買い物するとき、少しだけ便利になった。ベットボトルなどのリサイクルは、そこを利用すれば、わざわざ遠出しなくてもすむ。


 商売は、たいへんだろう。こまかいお金の計算を毎日やるなんて考えたくもない。しかも、あまりもうかってなさそう。確定申告を自分でやるなんて、ありえない。税理士を呼ぶのも、なんだかな。でも、いなきゃ困るけど。インボイス制度とか、意味不明。


 酒もタバコもギャンブルも、いっさい手をださない。旅行もしない、おしゃれもしない、人付き合いも皆無。冠婚葬祭もほぼ無縁。同窓会も行かない。


 夜勤をやっていて、いいこともあった。郵便局も銀行も病院も理髪店も買い出しも、日中に行けるのだ。混雑する時間帯を避けることが可能になる。仕事を休む必要もない。


「素晴らしい。だから夜勤は、やめられぬ」


 おれの仕事中になにかあった場合は、圭吾けいごがすべてうまくやってくれる。そのおかげで、親が一命をとりとめたことが複数回あった。自宅警護は圭吾けいごにおまかせだ。

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