夢で眠る夢

夢乃間

第1話 夢か現か

 僕は霧の中を進んでいた。こういう夢を見る時は、大抵何か悩みを抱えている時だ。どんな悩みを抱えているかは僕には分からないが、分からないほど小さな悩みなので気にする必要は無い。少しすれば夢から覚める。




 しかし、この日は少し違っていた。霧の中を進んでいくと、淡い光が朧げに見え、やがてその光が看板だと気付いた。文字は書いていないが、コンビニなどで見るような看板だ。




 僕は看板の光に吸い込まれるように道を逸れた。看板の下には長方形のお店があり、その隣には物置と思われる箱型の小さな建物があった。僕はとりあえず店の中に入る事にした。




 店の中に入ると、高速道路の途中にあるサービスエリアの販売所のような感じになっていた。販売所といっても、商品が並べられた棚がある訳ではなく、六つの長椅子と三台の販売機がある程度。客の姿は、当然見当たらなかった。




 カウンターの方へ行くと、奥の方から女性とも男性とも取れる若い人間が出てきた。スーツの上にエプロンを羽織っている変な格好だが、おそらく店員か何かだろう。




「休憩していく?」




「休憩?」




「うん。ここは休憩所だから」




「そっか。じゃあ休憩していく」




 すると、店員はカウンターの下からポッドとカップを取り出し、目の前で淹れてくれたコーヒーを僕に手渡してきた。一口飲んでみると、コーヒーの味がしなくもない。そもそもこれがコーヒーだという保証は無い。僕が勝手にコーヒーだと決めつけて飲んでるだけだ。




 カップを片手に店内を一周した後、僕は店員のもとへ戻ってきた。戻ってきた頃には、店員は新聞紙を広げて休憩していた。




「客の目の前でサボるの?」




「サボってない。休憩してるの」




「休憩所だから?」




「そう。ここは休憩所」




「他に客は来るの?」




「ここは君の夢だろ? 客は君しかいないよ」




「店員は他にいないの? いつもだったら人間が出てくる夢なんか見ないんだけど。君はどうなの?」




「だから、ここは君の夢。人間がいるわけないじゃん。人間って骨と肉があるから人間なわけであって、それ以外は人間じゃないでしょ?」




「ふむ。確かにその通りだ」




 口では納得してみたものの、目の前にいる彼または彼女は人間のように見える。見る度に変わっていく顔を除けば、彼または彼女は人間だろう。




「すみませーん」




 記憶が朧げで、どんな声でどんな姿かは憶えていないが、僕以外の客が来店した。さっき店員が言った【客は君しかいない】という話は何だったんだ?




 僕がそう考えていると、店員は新聞紙を畳み、その客のもとへと近付いた。しばらく様子を眺めていると、二人は店の外に出て、それから帰ってくる事は無かった。




 一人取り残された僕は、長椅子に座った。カップに残ったコーヒーを飲み干し、店内放送で流れている細かなノイズ音に睡魔が襲ってきた。長椅子で横になり、現実で眠る時と同じように、腹の上で両手を組み、目を閉じた。




 夢から覚めると、僕は自宅の布団にいた。部屋の様子から察するに、ここは僕の自宅ではない。でも、自宅だと断言出来た。




 夢から覚めると、僕は部屋のベッドで横になっていた。ここは僕の部屋だが、憶えの無い人物が部屋の隅に立っているのは不思議だった。天井に頭がつきそうな長身で、手と足が長く、黒いローブとも髪の毛ともとれる服装。彼女は顔の無い顔で僕を見つめるばかりで、何かをしようとはしてこない。




 目を覚ますと、僕は椅子にもたれかかっていた。目の前にある机の上のノートパソコンは充電切れ。真っ黒な画面に映る自分の顔が、まるで見知らぬ人物なように思えて、僕はノートパソコンを閉じた。




 今思い出しても、あの夢は久しぶりの連続夢で、どれが現実だったのかは分からない。だから、僕はまだ夢を見続けているかもしれない。


 現実ほど、曖昧なものはない。過去を思い返そうとすると、どれも曖昧で、現実だと保証する物は何処にも無い。あったとしても、夢がそれを模倣しているかもしれない。痛みで証明しようにも、夢の中でも痛覚は働く。




 そうやって夢は僕を騙し、いずれ僕を殺そうと企んでいる。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢で眠る夢 夢乃間 @jhon_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ