第48話 エリック様登場

それは平易な言葉だったが、真実だった。


そして会場に集う貴族の子弟は、面白がっていたが、ハンナの言葉にどこか冷静になったらしかった。


ジョージとヒルダ嬢は、お互いの言葉に酔っているかのようで、大勢の取り巻きに囲まれ、ハンナを非難し、その場にいないフィリップ殿下のあまり好ましくない噂を披露した。

いずれも証拠が確かなら、とがめは受けないだろう。

ただでさえ公爵家令嬢の立場は強い。少々の相手なら、白を黒と言わせるくらいの力がある。だが、だからと言って、王族にこんなことを言っていいのだろうか。


その時、押し黙っていた音楽が急に始まった。


ヒルダ嬢が、パッと振り返って、明るくジョージに言った。


「ジョージ様、踊りましょう。まだ殿下方がおいでになられるまで時間がありますわ」


「私のお願いを受けてくださるなら」


ジョージが言うと、ヒルダ嬢はにっこりと笑った。


「考えてみますわ」


二人が、ダンスをするために、ホールの中央に向かうと、人々は場所を開けてくれた。その間を、ヒルダ嬢とジョージは、堂々と進んでいく。

まるで王侯貴族のようなふるまいだ。


「いい気になって……」


どこかの令嬢の声がヒソヒソと届いた。

ハンナも思った。本当だわ。このパーティは、あなた方のためのものじゃないのよ。


だが、二人がホールの真ん中へ向かってすぐに、音楽が止まった。始まった音楽は、ダンス曲ではなかったのだ。もっと華やかなファンファーレのような短い音楽だった。


例の王家専用の食堂のドアが開いた。誰かが出てくる。


やった! アレクサンドラ殿下だ! 殿下が出てきてくださる!

ハンナは、泣きそうになった。

助けて! この厄介な状況から。殿下は証人になってくださると言っていたわ!


しかし軽い足取りでそこから現れたのは、男性だった。


「ジークムンド殿下ではないわ。フィリップ殿下?……でもないわ……?」


ジークムンド殿下ではなかった。いつも猫背で丸まっている黒っぽい衣装のフィリップ殿下でもなくて、すらりと背の高いブロンドだった。


「あ、あれ、エリック様……?」


ハンナの心臓がその男性が誰だか教えてくれた。


エリック様だ。どうしよう。


見ていると、その目立つ男は、人々の注目を集めているジョージたち向かって、堂々と歩いてくる。ジョージとヒルダ嬢は、数歩進んだところで、唐突に音楽が止まってしまったので、当惑した様子で立ち止まっていた。

とっさに、ハンナは、ジョージのお仲間たちの背中にそろりと身を隠した。


エリック様を知る人は、ほとんどいないのではないだろうか。

正直、ハンナもエリック様の家名すら知らない。

だが、彼は周りを気にする様子もなく、つかつかとジョージの方へ向かっていた。

ジョージとヒルダ嬢は当然身構えた。

公爵家に対する敬意なんか微塵も感じられない態度だ。

挨拶する気もなさそう。完全な無視だった。それともジョージたちを知らないのか。


「お、おいっ。無礼だぞ!」


服の裾が触れそうになったジョージが怒って言った。


「君は誰だ。私をキャンベル家のジョージと知らないのか」


派手な金髪で美しい顔立ちの男が、ジョージを振り返った。


「ジョージ殿か。婚約破棄したのか」


「殿?」


殿は目下の者か、同じ身分の者に対する敬称だ。ジョージは真っ赤になった。失礼だと思ったに違いない。


「お前は誰だ」


エリック様はジョージに返事をしなかった。代わりにヒルダ嬢に向かって言った。


「私はあなたと婚約した覚えはないんだがな」


「え?」


エリック様の声は、そんなに大きくなかった。


でも、ジョージ一味の背中に隠れていたハンナの耳には十分届いた。


あなたと婚約した覚えはない?


スーッと、さまざまな引っ掛かりがハンナの頭に浮かんだ。

ハドソン夫人の態度や、トンプソン先生やパース夫人だって、妙だった。


まさか、そんな?


でも、ヒルダ嬢の婚約者の噂はただひとつしかなかった。

フィリップ殿下、その人。


ハンナは、エリック様を見ることができなくなって、うつむいた。

そんなことって、ある?


「私もあなたなどと婚約した覚えはありません! あなたはどこの誰なの? 公爵家に向かって失礼ではありませんか!」


ヒルダ嬢は、カッとなって返事した。

エリック様は苦笑した。


「それならよかった。認識が合っている。ところで、今日は、ヒルダ嬢は、ジョージ殿と一緒に入場したそうだな。婚約者のハミルトン嬢を差し置いて」


ヒルダ嬢は、相手の圧力になんとなく気圧されたらしい。本来なら、公爵令嬢が目下の人間に返事をすることはないのだが、彼女は答えた。


「ハンナ嬢は、身分の低い騎士崩れとデートしていたそうですわ。そんな女、どうしようもないではありませんか。ほかにも付きまとわれた方が大勢いるそうですのよ?」


「その噂は本当か? 本当だったとしても、別の女性と婚約している男性と、こんなパーティに一緒に出るだなんて、醜聞だと言われかねないぞ?」


ヒルダ嬢は顔色を変えた。


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