第49話 エリック様の正体

ヒルダ嬢はエリック様をにらみつけた。


「違いますわ! 親切で一緒に入場してあげただけなのに!」


「親切ね」


エリック様は肩をすくめた。


そして、二階席を見上げた。

この会場は、二階のぐるりに見物席が付いていた。

普段は使われないが、今日は特別に見学者が入ってもいいことになっていた。


「私は、あなたのお父上の公爵とハンナ嬢のお父上をご招待申し上げた。それからジョージのお父上の侯爵にもお越しいただいた」


ハンナはびっくり仰天して、二階席を見上げた。探してみると、本当だ。父がいる。


見ていると、ハンナの父の伯爵がジョージの父上の侯爵のところへ移動している最中だった。


ジョージの父上は、型通りの古めかしい黒の衣装を着こみ、でっぷりした人物だった。

一方のハンナの父は、グレーの洒脱な服を着て、いかにも身軽にジョージの父の侯爵のところへ近寄って行った。


「さて、ジョージ殿。ヒルダ嬢もああ言っていることですし、踊ってこられてはいかがですか?」


エリック様が気軽そうに、ジョージに向かって声を掛けた。


「なに?」


ジョージが丸いどんぐりまなこで、得体の知れない、妙に威圧感のある見知らぬ男をにらみつけた。


「あなた方を邪魔する者など誰もいませんよ」


見たことのないイケメンは、さらさらと言葉を続けた。そして、手を振って合図すると、あろうことか音楽隊がワルツを始めた。


ハンナはびっくりし過ぎて言葉が出なかった。

本当にフィリップ殿下なの?

そして音楽隊は、知ってたのかしら?


公爵令嬢と侯爵家の子息は、彼の言葉には逆らえないかのように、ホールの真ん中に進んでいく。


ぼんやりその様子を眺めていたハンナだったが、ジョージなんかより気になることがあった。

ハンナの父だ。

ハンナの父は素早く移動して、ジョージの父のところにたどり着いたようだ。


ハンナは、いつも笑顔で軽妙な調子で話をする父しか知らない。

父は背中を向けてしゃべっていたが、ジョージの父上の顔は見えた。


何事か怒鳴っているようだ。黒髭で顔中覆われ、でっぷりした公爵は恐ろし気だ。ハンナはやきもきした。父がそんな迫力のある人物と戦って、勝てるようには思えなかった。


「ハンナ」


急に声を掛けられて、ハンナは、びっくりした。


「ハンナ。何に気を取られているの?」


「エリック様!」


正式のダンスの格好をしたエリック様は、とても素敵だったけれど、ハンナは一歩あとじさった。


エリック様は、誰なのか。


「僕は、エリックじゃないんだ」


ハンナはエリック様の顔を見つめた。

エリック様以外の誰でもない。


ずっとこの人と一緒にいたい。

だけど、無理。


そう言われれば、エリック様がどういう人種か、最初から、わかっていたような気がする。王族特有の、どことなく威圧感のある話し方、エリック様自身はあまりにも自然で気づいていないようだったが、板についたマナーとふるまい。

自分とは完全に身分違いなのだ。


ハンナは作り笑いを浮かべた。


「私にはエリック様ですわ」


そう、ハンナにとっては、エリック様は夢の王子様。こんなにもステキで完璧で、美しい。

あくまで夢の中の人。現実の誰かではない。私の夢を壊さないで欲しい。


『声で気が付かない? 僕はフィリップだよ』


エリック様は少し焦ったように、隣国語に切り替えた。


ハンナは、目の前が暗くなる気がした。


本当だ。フィリップ殿下なのだ。


フィリップ殿下なんか一生手の届かない人だ。


『フィリップだよ。外国語でいつも話していたので、イントネーションとか声質が違って聞こえたろう。エリックはフィリップだよ』


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