第46話 ダンスパーティに出陣
耳には、光を受けて瞬く深い青のイヤリング。
胸元には同じ色のネックレス。
とてもよく合っている。ハンナがハンナらしく、しかも別人のようにきれいに見える。
だけど、これでいいのだろうか。
ハンナにはとても買えないような品だ。
それに、こんなに着飾ったらアレクサンドラ殿下を不愉快にさせないかしら。
ハンナの役割はあくまでアレクサンドラ殿下を引き立てること。これは行き過ぎだ。
ハドソン夫人は、そんなことくらい承知しているはずなのに、どうしてこのセットを持ってきたのだろう。
こっそりとハドソン夫人と針子たちを見るが、みんな嬉しそうだ。
目が合うと素晴らしいですわ、と絶賛してくれる。
「少し派手すぎませんか?」
「いいえ! とてもよくお似合いです! これまでが地味過ぎたのですわ!」
どうも数に押されている気がする。
「さあ、お出ましになって!」
うながされ、パーティ会場に向かうハンナ。
針子の一人が、侍女のように付き従っている。狭い場所もドレスの裾を通してくれ、パーティ会場に近づく。
音楽が流れてくる。
いつかの王族専用の小さな食堂に出た。
「きたわね!」
アレクサンドラ殿下が目をキラキラさせ、頬を紅潮させて振り返った。
隣には背が高く、楽しそうな様子の男性がいた。きっとあの方が、隣国の王太子殿下なのだわ。
ハンナは深くお辞儀した。
安心した。二人とも、流石の装いである。大丈夫。ハンナのサファイアがなんだか普通そうに見える。
パース公爵夫人もいた。
「こちらから会場へ入れば、目立たないわ。私たちも会場入りするから、その時は、スケジュール通り、私たちのそばにきてね」
アレクサンドラ殿下が楽しそうに言った。
パース公爵夫人がドアを開けてくれ、ハンナはダンスパーティの会場へ入った。
途端に、音楽が一段と大きくなり、ざわざわと楽しげな人声も一時に耳に入ってきた。
かなりの数の人が、すでに会場に集まっていた。
ちょっと誰が誰だかわからない。みな、普段と違ってドレスアップしていたから。
だからハンナのことも、ハンナだとわからないみたい。
顔見知りの男子生徒が幾人か、ハンナの顔を見て、少し驚いた顔をしていた。女子生徒もだ。
ハンナは失礼にならない程度に会釈して、リリアンとマチルダのところへ近付いた。
二人はそれぞれの恋人と一緒だった。
「あの子、誰?」
授業が一緒の女子生徒たちが、通りすがりにハンナを見てつぶやいた。わからないのかしら?
「リリアン! マチルダ!」
四人は振り返ったが、一瞬誰だかわからないようだった。
「まさか……ハンナ?」
「あの……ハンナ嬢ですか?」
ハンナは戸惑った。
「どうして驚くの? 私、今日はアレクサンドラ殿下にずっとついてなくてはいけないのだけど、せっかくのパーティなのでちょっとだけ顔を見にきたの」
リリアンは青のドレス、マチルダはローズ色のドレスで、とても似合っていた。
「二人とも、とっても素敵だわ」
ハンナは二人の手を取って心から言った。しかしリリアンが震え声で言った。
「ハ、ハンナの方がずっとすてきよ」
「すごいわ」
マリアンもじっと見つめながら言う。
だが、その声を聞いて、好奇心に駆られたらしい参加者たちが互いにヒソヒソ言葉を交わし始めた。
「まさか、あの方がハミルトン家のハンナ様なの?」
その声を聞いたハンナは少しムッとした。
「何を言っているのかしら、あの人たち!」
「だって仕方ないわ!」
リリアンがようやく口をはさんだ。
「いつもと全然違うわ」
「ハンナ嬢のような方は見たことがないです」
マチルダの婚約者が珍しく少し言葉に迷いながら言った。普段なら立板に水なのに。
「どういうこと? このドレス、派手過ぎかしら。気になっていたの」
「いつもはとても地味な装いだったわ。必ず紺色で」
「仕方ないじゃない。アレクサンドラ殿下の用事をすることが多かったのですもの。派手なドレスは邪魔だし、パース公爵夫人だって喜ばないんじゃないかと思うの」
「もっと派手な服だったとしても、問題はなかったと思うわ。だけど、さすがに伯爵家の令嬢ね。仕立てから何から何まで違うわ! 今まで腹が立って仕方なかったのよ」
腹が立って仕方がなかったって、どういうこと? と聞くと、リリアンがちょっと怒ったように説明してくれた。
「事情を知らない人の中には、あなたのことを平民のくせに伯爵家を
ちょっと言いにくそうにリリアンは言いよどんだが、話を続けた。
「ね? 今日はふさわしいドレスで参加したでしょ? 名門貴族なのですもの。もっと大きな態度で振る舞って当然だわ。でも、あなたは質素で地味だった。今日こそは、本来の姿だと、私は思うの。でも……」
その時、ざわざわと人垣が崩れて、皆の視線が食堂の扉に集まった。
「大変だわ。今日のメインイベントがやってきたわ」
マチルダが眉を寄せた。
今夜のメインイベント?
それは、ジークムンド殿下の参加なのだけど、マチルダは知らないはずだ。
「今夜の参加者の中で、一番身分が高いと
「え? でも……」
誰もこのことは知らないはずだけど、妙に話が符合するわ。
「誰なの?」
「以前から、噂になっていたわ。ジョージとヒルダ嬢よ」
苦々し気にリリアンが言った。
「ああ。そう言うこと」
リリアンやマチルダが、渋い顔をするはずだ。
彼女たちは、ハンナの味方。ジョージのことはよく思っていない。それが、自分たちこそが主人公みたいな顔をして、入場してきたのだ。確かこのパーティは、フィリップ殿下とアレクサンドラ殿下が参加したいと言ったために臨時に開催されたはず。
まるで、大勢が会場に入ったことを計算しての入場みたいだ、とハンナは思った。
着飾ったたくさんの生徒たちが、全員、そちらを見ている。
ハンナは言葉を失った。
ヒルダ嬢の装いは、とても……言葉にならないほど豪華だった。会場に入ってきた途端、おおっという抑えた声が広がったくらいだ。
誰もが注目していた。
「何か勘違いしているんじゃない?」
しばらくしてリリアンが苦々しげに言った。
ヒルダ嬢のドレスは、たくさんのダイアモンドが縫い付けられ、キラキラと輝いていた。
「宮中舞踏会じゃないのよ? 学園のダンスパーティよ。限度ってものがあるわ」
実はハンナも人のことは言えない。どう見ても素晴らしく高価な宝石を身に着けている。
ジョージも素晴らしい仕立ての服を着こんでいた。男性なのでネックレスやイヤリングをするわけにはいかなかったが、代わりにボタンやピン止めなどがキラキラしていた。宝石のようだった。
まだ双子の殿下方が出席される時間ではなかったので、確かにこの二人は、生徒たちの中で、最も身分が高い組み合わせだろう。
ジョージはぴんと背中を伸ばしていた。
誰かが話しかけると、大きな声で応じた。
「残念なことだ。残念なことだ。そうなんだ、婚約者が少々身持ちの悪い女性でね」
ハンナはハッとした。
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