第45話 パーティの打ち合わせ
ハンナはそのままパース夫人に伴われて、王宮の中のアレクサンドラ殿下の私室に案内された。
殿下の私室に入るなんて、ビクビクだ。王妃様の部屋も近いし、本当に限られた人しか出入りできない。
ハンナの伯爵家の娘という身分を考えると、侍女としてならあり得るかもしれないが、王女様とお友達だなんて、僭越もいいところだと思う。
パース夫人から、当日のアレクサンドラ殿下とジークムンド殿下の入場や退場などについて説明を受けた。
横ではアレクサンドラ殿下がにこにこしながら、話を聞いていた。
「ジークムンド殿下がダンスパーティを見物なさる時間は、そんなに長くありません。隣国の王太子殿下がなのですから、おもてなしの方に時間をかけたいので」
「でも、もしかしてジークムンド様が踊りたいっておっしゃったら、ダンスに参加するかもしれないわ」
ちょっとアレクサドラ殿下が嬉しそうに言葉をはさんだ。
ハンナが見たところ、パース夫人は少々困った顔をした。
予定が狂うと、その後のスケジュールがいろいろと難しくなるらしい。ジークムンド王太子殿下の参加は極秘事項だし。しかし王太子殿下ファーストなのは間違いないだろう。
ハンナは、セキュリティ上の問題があるから人に見せてはならないと念を押され、タイムスケジュールを大事にカバンにしまい込み寮に戻った。
寮で一人になってダンスパーティのことを考えると、ドキドキする。
パーティに参加せよとジョージからは強く申し入れられている。
出る出ないは、本来ハンナの自由だろうが、出ないなら断りの手紙ぐらい出すべきだろう。
だが、アレクサンドラ殿下のご学友のハンナは、パーティに参加しないわけにはいかない。
タイムスケジュールによると、ハンナは、アレクサンドラ殿下と婚約者のジークムンド王太子殿下に付き従うことになっていた。ご学友という名の通訳だ。
ジークムンド殿下には、当然護衛の騎士が付いてくる。極秘参加なので、アレクサンドラ殿下の護衛騎士の一部のようなフリをして行動することになるだろう。どうせ兜をかぶってしまえば人相なんかわからない。
ただ、困ったことに、騎士全員が語学に堪能なわけではないので、混ぜてしまうと、会話が成立しない可能性が……ハンナなら、気が利くし、学園内のことに詳しい。騎士たちとも顔見知りだ。
若干一名、知り過ぎのきらいがある者が含まれているけれど!
「その仕事、エリック様に任せたらいいのに……」
護衛騎士だから、学園内のことも、警備の要もよくわかっていると思う。何より、隣国出身者だ。言葉が通じないなんてことあり得ない。もっとも、アレクサンドラ殿下付きではなくてフィリップ殿下付きの護衛騎士らしいので、当日は別行動かも知れない。
「呼べばいいじゃない」
ちょっとだけハンナは不満に思った。とはいえ、王族のやることに文句は言えない。
パーティ当日も授業はある。パーティ自体が、元々授業の一環みたいな扱いだからだ。
だが、当然、生徒全員が心ここに在らずだった。
アレクサンドラ殿下とその婚約者のジークムンド王太子殿下に注目が集まるはずなのだが、そのことは極秘。限られた者しか知らない。言ってしまえば、究極のサプライズ。
ジョージはご学友だけど、ジークムンド王太子殿下の参加を知らないんじゃないかしら?
ざわつき、時々笑い声が聞こえる教室の中でハンナは考えた。
みんな楽しそうだ。
そして、午前中の授業が終わると、潮が引くように全員が楽し気に出て行った。これからダンスパーティの用意をするのだろう。
もちろん、貧乏貴族の次男三男は見物するくらいだろうし、うまく相手が見つからない人たちもいると思う。だけど、ハンナのような立派な伯爵家の娘が誰も相手がいないなんて、ふつうでは考えられなかった。
誰か……遠縁の従兄弟とか若い叔父などが、その役を買ってくれるものなのだ。
しかし、そんなことを考えている場合ではない。
トンプソン先生が目立たないようにハンナを呼びに来た。
仕事だった。いつものようにドレスを替えて、目立たないようにアレクサンドラ殿下の周りに付き従って、それから今日は、ジークムンド王太子殿下専属の護衛騎士の会話の手助けもしなくてはいけない。
「いそいで着替えて」
だが、夢のように素敵なドレスが運び込まれてきた。
いつか試着したドレスが、もう大幅にグレードアップしている。こんなドレス、必要かしら? ハンナは目をむいた。
「あの、このドレスは……」
一体いくらするのかしら? そして誰が払うのかしら?
「ご心配なく。王家がお支払いなさるそうです」
にっこりとハドソン夫人は微笑んだ。この前も同じ回答だった。本当だろうか?
ハドソン夫人も忙しいのでは? ハンナのような身分の者ではなく、もっと高貴な方のドレスの世話をするはずなのでは?
「いいえ。ハンナ様のお世話をすることは、この上ない名誉でございます」
かなり違和感がある言葉だった。だが、ハドソン夫人は明るくハンナにこう言った。
「そんなこと、お気になさらず。それよりも、ご自分のお姿をご覧あそばせ」
鏡をチラリと見た時、そこに映っていたのは全くの別人だった。
鏡の中のハンナは、愛らしさだけではなかった。ハンナははほんわりと愛らしいと言われてきた。まあ、それしか褒めようがないのだとハンナは諦めていた。
でも、それだけではなかった。整っていて、欠点がない。
これまでだってハドソン夫人の腕は完璧だったが、今宵のハンナは、正式なパーティに出る女性の装いだった。栗色の豊かな髪は見事に結いあげられ、顔立ちがはっきりする。
これは美人だ。
高価な衣装も見事に似合い、まだ少し幼いような愛らしさと、生来の整った顔立ちが醸し出すインパクトがないまぜになって、人を惹きつける。
「ハンナ様、イヤリングをお持ちなのではございませんか?」
ハドソン夫人が尋ねた。
「こちらと合うイヤリングがお持ちのはずと伺っております」
こちらに合う? こちらとは?
ハンナは呆然とした。
ハドソン夫人が、黒びろうどの大きな箱を大事そうに開けて見せてくれた中身は、とても美しいサファイヤのネックレスだった。
宝石の価値は大きければいいわけではない。
質がものを言う。
エリック様からプレゼントされたイヤリングは、とても美しい色合いのサファイヤだった。
このネックレスは派手ではないが、真ん中のサファイヤがイヤリングと同じ色だ。とても質がいい。
「そんな……」
ハンナは絶句したが、針子たちは口々に言った。
「絶対にそのドレスとお似合いですわ」
「どこにありますの?」
針子たちが尋ねる。
質屋に売りました……などと言えたらどんなによかったか。しかし、ハンナは小心者である。後生大事に机の一番奥にしまってある。
針子の一人が走って取りに行った。
サファイヤのイヤリングとネックレス。それにゴールドのドレス。
「これで完璧ですわ」
ハドソン夫人が満足そうに言った。
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