第42話 デロ甘

『ごめん。今は返事できないんだ。だけど、ダンスパーティの日まで、待って。その時ちゃんと言うから』


なんですって!

それじゃもう遅いのよ!


『遅くない。心配しないで。ハンナ』


エリック様は真剣なまなざしでハンナを見つめた。


エリックに不満はない。いや、逆かも。とりあえずイケメン。特にすてきなのが、目で、彼の目を見つめていると他のことがどうでもよくなってしまう。


ハンナは、はっと我に返った。


ダメです! 人間は理性で生きていく動物なんです。エリック様は危険人物! できれば離れて暮らした方が……ちょっと、落ち着く時間が必要で……


『じゃあ、ダンスパーティの練習は毎日、放課後、ここでやろうね』


期限はダンスパーティの日まで。会場は護衛騎士の控えの間。


「困ります!」


「まあまあ。いいではありませんか。ちょうどドレスのお直しにおいでいただきたいところでした」


と言ったのはハドソン夫人。私はあなたたちの都合の為にダンスの練習するんじゃないのっ。


「ダンスの練習をすること自体は授業の一環ですね。履修科目として認めましょう」


と言ったのはトンプソン夫人。ダンスの科目ってありましたっけ?


「ありますとも。でも、今の時期、人気でいっぱいなんです。よかったわね、ハンナ」


全員、どうしてそんなにエリック様の味方なの? イケメンだから?


『僕、ダンスは得意だよ?』


もう、ここまで来たら、さすがにハンナもこれはおかしいと思い始めた。




翌日、ハンナがダンスの練習をサボろうとすると、見計らったようにトンプソン先生が姿を現す。


「あら、ハンナ。ダンスの練習は? 単位をあげられませんよ?」


ダンスの練習用のドレスもハドソン夫人が、毎日違ったものを持参して来てくれる。

しかも、「いかがでしょうか?」と、ドレスの出来を、ハンナにではなく、エリック様に聞くのだ。


『そうだな。ハンナの魅力を引き立てて、すごくいいね。でも、個人的にはもう少し襟ぐりが広い方が好みだな』


ハドソン夫人がハンナの顔を見る。実はハドソン夫人は外国語がわからない。かわいい! とか似合ってる! といった感嘆の言葉は、言葉自身より、表情や語調から簡単に意味が通じるが、感想や意図などはちゃんと訳さなくてはならないのだ。


「すごくいい。でも、襟ぐりが広すぎるとおっしゃっていますわ」


『逆!』


エリック様がハンナの腕をつねるフリをした。隣国の言葉がわかる針子がそばに寄ってきて、ヒソヒソとハドソン夫人に何事かささやく。


夫人は大きくうなずき、「それはハンナ様としては言いづらいですわよね」と了解してくれたが、翌日、襟ぐりは大拡張されて持ち込まれ、ハンナはそれはそれは気まずい思いをした。


エリック様は、肩が半分出ていて、胸元が深くえぐられたドレスを一目見ると、一言も言わず、ハンナのそばに進んだ。そしてハンナの手を取り、それを見たハドソン夫人一同は、大量のドレスをサッと片付けて部屋を出て行ってしまった。残ったのは年寄りの音楽家だけ。


このじいさんは無口で無愛想な見かけによらず、むちゃくちゃにバイオリンがうまい。


エリック様が何も言わないのに、踊りだしたくなるような楽しい音楽が始まり、うっかり踊り出したところで、ロマンチックな音楽に変わって、黙りこくったエリック様がぐっと体を近づけてきた。ハンナは涙目になった。誰か助けてー。


エリック様が金髪を揺らして訪ねた。


『僕と踊るの、いやですか?』


嫌とかなんとか、そう言う問題ではなくて。


私、どうしたらいいの?


ダンスが終わった時、ハンナは息も絶え絶えだった。体力的な意味でも、気力面でも。


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