第43話 滅多打ち

トドメはアレクサンドラ殿下の一言だった。


「お茶に誘いたいんだけど……」


ここのところ、毎日、アレクサンドラ殿下と食堂でお昼をご一緒させていただいている。

それというのも、リリアンもマチルダも、それぞれの恋人と四人一組で食事をとっているのだ。そんなところに独身者ひとりもののハンナの参加は厳しい。気を遣わせるだけだろう。だが、一緒に食事をしにくい理由は他にもあった。


「実はハンナ嬢を紹介して欲しいって、本気のお申し込みが五人くらい、僕のところに来ているんだ」


リリアンの恋人のアンドリューが、困った顔をしてそんなことを言った。


「あ、私のところには、実は七人から依頼が来てまして」


マチルダの恋人のパーシバルも困惑の表情を浮かべて伝えてきた。


多いな?


「まあ、名前を突き合わせますと、共通の友人もいまして、結局、だいぶ減ったのですが」


「何人になったのですか?」


「十人ですね」


それだと、かぶっていたのは二人しかいないではないか。


「まあ、噂もいろいろあるのですが、信じていない者が多くて」


アンドリューが教えてくれた。ハンナはほっとした。


「我々はハンナ嬢を直接知っていますしね。それに、リリアン嬢やマチルダ嬢を通じて話も聞いています。まあ、見ていて、そんな軽薄な雰囲気、まるでありませんしね」


「でも、一応、婚約者がいると言うことで、希望者の行動を押さえてはいるのですが、万一、婚約が白紙になったら、ぜひと言う方がいますのでリストをお送りしたいのですが」


婚約は、今にも白紙になりそうな勢いである。しかし、それを受け取ると、婚約破棄がハンナの有責になってしまいそうで怖い。


理由を言うと、パーシバルは、深くうなずいた。


「なるほど。おっしゃる通りですね。では、婚約破棄が滞りなく済んだ後ということで」


誰もかれも、ハンナの婚約破棄を確定事項のように言うのは止めて欲しい。


そんな事情があるため、彼らと食事をすると、アンドリューとパーシバルの友人(男)がハンナ目当てで割り込んでくる。おちおち一緒にいられない。婚約破棄の有責理由を増やしているようなものだ。


仕方がないので、アレクサンドラ殿下に食事をご一緒してもらっている。

これなら誰も男性は寄ってこない。目のところまで黒髪を垂らし、黒縁メガネをかけて鼻先まで襟の中に埋めたフィリップ殿下だけは参加するけど、ほぼしゃべらないので、いないも同然だし。


午後のエリック様だけは避けようがないのだけど、殿下がお茶に誘ってくださったら、ダンスの練習も回避できる。


「ぜひ、お誘いくださいませ!」


そんなこんなで、ハンナはアレクサンドラ殿下のお茶の誘いに飛びついた。授業以外は、毎日エリックのダンスの餌食になっている。おかげでダンスはものすごく上達した。まだ三日目だけど。


「お茶に誘いたくても、なんだかあなたが忙しいって」


「そんなことはありません。殿下の御用が最優先です!」


というかお願い、誘って!


エリック様が、だんだんエスカレートしている気がするの!



「まあ、お聞きになった? ハミルトン家のハンナ様」


「たかが伯爵家令嬢のくせに、同学年に高位貴族の令嬢がいなかったばっかりに、ちゃっかり殿下のご学友になって」


「アレクサンドラ殿下に、お茶をご一緒したいだなんて、自分から頼むなんて厚かましいこと」


場所は食堂だ。みんなに聞かせたくてあんなこと言ってるのかしら?

ハンナは顔を伏せた。


「ハンナに聞こえたら、我々にも聞こえてるってことだけど、わかっているのかな?」


とても低い声でフィリップ殿下がぼそっと言った。

その時、ごそごそ話し合っている二人のご令嬢方の背後に、素早い動きで二人の令嬢が出現した。


「ご一緒してもよろしいかしら? ヘイ伯爵令嬢とブラック伯爵令嬢」


やってきたのは眼鏡をかけた細い黒髪の令嬢と、ややふくよかな令嬢。外国訛りがある。


不意打ちをくらわされて、令嬢たちは黙り込んだ。どうして、彼女たちの家名を知っているのだろう。


「自己紹介がまだでしたわね。私、二週間前に留学生としてまいりましたエリザと申します。父は隣国で宰相を務めております」


隣国の宰相のご令嬢! 令嬢たちはあわてて立ち上がりエリザに礼をした。


「私は、ジョゼフィンと申しますの。父はマルクト公爵ですわ」


ふくよかな方の令嬢が自己紹介した。ふたりの伯爵令嬢たちは、身分の違いに震えあがった。


「今のお話ですけれど……」


穏やかな調子でジョゼフィン嬢が始めた。


「なんでも、ハンナ・ハミルトン嬢の素行に問題とか?」


「あっ、ハミルトン嬢は品行方正で素晴らしい方だと伺っておりますわ」


一人があわてて答えた。


「まあ、そうですの」


「なにか、たかが伯爵家とおっしゃっていたような気がしましたが? ヘイ伯爵令嬢?」


同格の伯爵家かもしれないが、色々と内実には差がある。ヘイ伯爵家は貧乏伯爵家なのだ。


「そんな、とんでもない」


「ハミルトン家は十二代前まで遡れる名家ですわ」


ちょっと三人の令嬢は驚いた様子だった。


「商家なのかと思っていました」


ホホホと声をそろえて隣国の二人の令嬢が高笑いした。


「まあ、ご存じなかったんですの? 王家の末弟が武勲で授かった爵位が始まりですわ」


それだけ聞くと凄そうだが、その時の国王陛下は艶福家で、庶腹を含めると三十人以上の子弟がいて、ハミルトン家の始祖は武勲をあげたので、国王がようやく記憶をひっくり返して思い出し叙爵したというのが真相である。初代の母は王女のところに行儀見習いに来ていて、被害に遭った。娘の教育に悪い父王である。


色々掘り返すと、なにかと都合が悪いかもしれないハミルトン家の初代だったが、エリザとジョゼフィンは、そこのところは黙殺した。


「ところでヘイ家とブラック家は、どういった経緯で叙爵されたのでしょうか? 私共、この国に参りましてから日が浅くて、よく存じ上げませんで失礼いたしました。よければお聞かせいただきたいですわ。十二代前ですと、隣国では古い部類になるのですが、こちらのお国ではそうでもないようですのね?」


「先ほど、たかがとおっしゃっていらしましたもの。ぜひ伺いたいですわ」


ヘイ家は、三代前が酒の醸造で富を築き、献金を重ねて成り上がった血筋である。


「まあ。ではお母さまは?」


母は洗濯女をしていたが、白い腕と腿に父が見ほれたとかで、なんだか結婚した。醸造家としては貴賤結婚として問題になったそうである。


「真実の愛ですのね!」


エリザは感心して見せたが、ジョゼフィンは容赦なかった。


「大変でしたわね。我が国で貴賤結婚と申しますと、王家の血筋を引く場合のみ、その言葉を使いますのよ。国王陛下に届けを出さなくてはならない法がありますからね。それで、洗濯女か醸造家、ご両親のどちらが、王家の血筋だったのですか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る