第25話 どうしたらいいの?
デートに、いや、デートではない、偵察に行き始めてから二か月ほどが過ぎ去った。
なかなかどうして苦節二か月だった。
そのうえ、まだ、父の伯爵から返事が来ない。
「婚約の白紙化、どうなっているのかしら?」
心配だ。切実に相談相手が欲しい。
それでも、アレクサンドラ王女には言いにくい。仮にも王女殿下だ。臣下の心配事なんか聞かせるわけにはいかない。
しかも、リリアンにもマチルダにも相談しにくい状況になってきていた。
すごいことに、リリアンとマチルダには、なんと男性の友人ができてしまったのである。
ハンナが、得体の知れない護衛騎士と一緒に、ご学友でもないフィリップ殿下の為に看視活動に出ている間に、である。
リリアンの男友達は、同じクラスの男子生徒で某男爵家の三男だったが、伯父の男爵位と領地を継ぐのだと言う。
「しかも、その領地はうちの家の近くなの!」
「リリアン嬢のおうちの近くなら僕もいろいろ教えてもらえるので助かります。正直、伯父の家がどうなっているのか、僕は知らなくて」
うむ。まるで、結婚前提のような感想だ。
アンドリューという名前の巻き毛の生徒は、大柄だが、ちょっと気の弱そうな若者だった。しかし、リリアンは姉御肌で、そんなところも気に入ったらしい。ただのお友達よとハンナに紹介してくれたが、ダンスパーティにエスコートしてくれるお友達は、そういないと思う。相当な覚悟があると見た。
「社交界に出入りする練習なので、エスコート役はいた方がいいのですって。それで、いかがですかって、アンドリュー様の方から声を掛けていただいたの」
それは単なるナンパでは。
「ええ。いい練習相手に巡り合えて僕は嬉しいです」
アンドリューにはふさふさしたしっぽが生えていて、それがリリアンを見るたびに千切れんばかりに振られているのが見える気がする。
リリアンはすっかりリードを握っているみたいなつもりらしいが、いきなりオオカミに変身しそうなしっぽの振りっぷりである。育ててみたら、犬種間違いだった、みたいな?
おとなしく言うなりのように見えると言えば、マチルダの自称お友達も非の打ちどころなく礼儀正しく、しっかりマチルダと距離を取ってはいる。しかし、しきりとダンスの練習に誘いに来る。こちらも、ダンスパーティのエスコート役を買って出ているそうで、
「ダンスが上手く踊れなかったら、レディに申し訳ないではありませんか。しっかり練習したいので」
などと理路整然と言い訳する。
ダンス教師がいるじゃないかと、喉元まで出かかったが、言わないことにした。
黒い髪をきれいになでつけ、アンドリューと違っていつもきちんとした服装でやってくるパーシバルは、いかにも貴族然としているが、純粋な平民である。
しかし、商売に疎いハンナでも、聞き覚えがあるほどの大商会の御曹司らしい。
「なんと! ハンナ嬢は、あのハミルトン商会のご令嬢でしたか!」
感嘆されて悪感情は湧かないが、偉いのは父であって、私ではありません。
「なんとご謙遜な! さすがはマチルダ様のご学友!」
とりあえず、パーシバル様は商才はありそうだ。商魂もありそう。
どさくさに紛れてマチルダの指の先をほんのり触っているあたりを見ると、物語は着々と現在進行形らしい。
「皆様から認められることになりますので、たくさん練習できるといいですわね」
ダンスの腕前なんか誰も見ちゃいない。誰と誰がセットで出てくるか、みんな、目を爛々として見ているだろうと思う。
公認カップルの誕生なのだ。
「リリアン、僕たちもダンスの練習した方が良くない?」
人懐こそうな目つきのワンコ型令息が、思いついたらしい。
「そうねえ……」
「ぜひ! 僕、ダンスに自信なくて」
ほんとか?
ただ、二組のカップルはこの時点で気がついたらしい。ハンナが完全に置いてきぼりだ。
「あっ、お構いなく! 私、アレクサンドラ殿下のご学友なので、忙しくて」
「ああ、そうでしたねえ」
「やっぱり高位貴族は違うんですね。僕らの友人の間でも、ハンナ嬢は可愛らしいと評判なのですが、アレクサンドラ殿下のご学友でハミルトン伯爵家のご令嬢と聞くと、みんな、打ち萎れていましたから」
「そんな大したことではございませんわ。細々した用事を言いつかっているだけですから」
しかし、ハンナは早々に立ち去ることにした。
いや、正直うらやましい。
ハンナなんか、ジョージとか言う名ばかり婚約者がいるのに、ヌケヌケとフィリップ殿下の名前を盾に、セクハラを繰り返す護衛騎士に悩まされているのだ。
「人選を誤ったのでは?」
ハンナは密かに悩んだ。
なぜ、同じ護衛騎士が毎回来るのか。
それになんだかとても嬉しそう。
ハンナだって、実はめっちゃイケメンの若い護衛騎士は嬉しいと言えば、かなり嬉しい。婚約者さえいなければ。
すっかり仲良しになって、外国語の勉強にもなった。
さすが隣国人だけあって、隣国の事情に詳しく、雨さえ降れば豊かな耕作地になるんだ、などと色々教えてくれる。
ジョージみたいに気取ってないし、話しやすいし、いつも気遣ってくれる。とっても優しい。底抜けに優しい。
しかも、最初からなんだか知っている人だったような親しみがある。
おまけにイケメンなのだ。それがハンナの顔を見るとニコッと笑いかける。
これでは、あっと今に沼に落ちてしまう。ヤバい。超ヤバい。
誰から見ても、婚約者以外の他の男とイチャイチャしているようにしか見えないではないか。
しかし護衛騎士のエリック様は、本来、いわば仕事のパートナー。
父から婚約解消の連絡もない今、ジョージのセリフのまんまの悪女になってしまうのでは? 貴族令嬢として、とってもマズい。
不安。
せめてエリック様がセクハラ行動をやめてくれたら、と思う。迫りくるイケメンを目の前に、今のハンナに抵抗力はゼロだ。
しかもハンナが頼んだからって、やめてくれる雰囲気はない。
と言うかそんな気全然なさそう。全力で攻めまくってくる。
ハンナだって、一応、ジョージと無事に婚約破棄出来た場合の、その後の展開についてもおそるおそる考えてみた。
エリック様は、甘やかされて育ってきた感じがする。特にハンナには、甘え全開である。少なくとも、お金に困るような家の息子ではなさそうだ。でも、家名を教えてくれないのだ。教えてもらっても、外国の貴族の家系なんて、ハンナにわかるはずもないのだが、これでは調べることさえできない。
ハンナは散々悩んだ末、舎監のトンプソン先生に相談することにした。
パース夫人も考えたのだけど、パース夫人は王子王女殿下の養育係。ハンナの相談相手にしてはハードルが高すぎる。
この間のイヤリングプレゼントは超衝撃的大事件だった。特に金額的に。ただ事ではない。それに後で気が付いたのだが、あの宝石店にはジョージとヒルダ嬢の影も形もなかった。
それどころか、エリック様とハンナは、プレゼントが高額すぎる件でもめて、結構長い間、宝石店にいたのだが、その間、お客は誰も来なかった。貸し切り状態だった。
「ハンナ。何の用事ですか?」
例のいつも着替えをする学園内の部屋へトンプソン先生がやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます