第24話 ゲロ甘

「サファイヤが気に入らないんなら、こっちはどうかな?」


それは美しい真珠だったが、サファイヤよりは安そうだった。


「そ、それくらいなら……」


しかし、すかさず店員が突っ込んだ。


「実はそのイヤリングは、こちらのネックレスと対になっておりまして……」


うやうやしくビロードの箱から取り出してきたのは、三連になった見事な真珠のネックレスだった。サファイヤより高そう。


「それもいいね!」


乗り気になるんじゃない!


「イヤリングだけと言うわけにはいかないのですか?」


店員が慇懃いんぎんに答えた。


「まあ、どちらかと言うと、ネックレスがメインでございます。このネックレスをお着けになると、お嬢様の肌が一段と冴え渡ります。お試しになりませんか?」


「いいね!」


エリック様は乗り気になって一歩近づいてきた。


「じゃあ、まず、そのイヤリングを外して……」


耳元でつぶやく。


「うまく外せないな」


「私が……」


女性店員が申し出てくれたが、エリック様は却下した。


「僕がやるから」


その後も、あ、ごめん、もう一回つけ直し、とか言いながら、頰に触ったり、首筋を撫でたり、耳に触り続けた。


これ以上は神経がもたない。


しかも、店員は次から次へと高いものを運んでくる。


誰がこれを支払うのか。


撫でられるたび首筋もゾクゾクしたが、値札がないことにもハンナの背筋は寒くなった。エリック様、払えるのかしら?


しかも、新しい品が持ち込まれるたびに、試着が増える。

エリック様はうっとりしたように、ハンナに新しいイヤリングやネックレスを付けたり外したり、楽しそうだ。


結局、最初に付けたサファイヤを購入することになって、周回回ってハンナはヘロヘロになった。


最初の時点でオーケーしておけばよかった。


『楽しかったね』


エリック様、満足そう。


『君に贈るドレスのインスピレーションが湧いたよ』


「それって、王家の予算じゃないのですか?」


護衛騎士如きが、ドレスみたいなそんな高い商品の購入を勝手に決めることが出来るのだろうか。


『だって王子と僕は仲良しだからね。ヤツのことは嫌いだったけど、最近、楽しいよ』


「そうなのですか」


この人、本当に誰なのかしら?


もしかすると、隣国の王子様?


フィリップ殿下のことをヤツよばわりできるのは、この国の公爵家でもできない。


それに、学園内でのフィリップ殿下は、まるで覇気がない。相変わらず顔を隠すように髪を長く伸ばし、アレクサンドラ王女の影に隠れるようにしている。

このチャラい護衛騎士様と本当に友達なのかしら?


「本当は、アレクサンドラ殿下からなんとか言ってもらえるといいんだけどなあ……」


正直、割と恐怖なデート?が終わった時、ハンナの正直な感想はそれだった。

だって、ハンナはエリック様から、なんというか離れがたいのだ。


高いドレスやサファイヤを、似合うからという理由だけでプレゼントしてしてくれるイケメンなんか、物語の中の王子様の中にもいない。


東洋の国にいると言う、大金持ちのスルタンは、湯水のように黄金や宝石を持っているそうだけど、たった一人の女性に愛を誓ってくれるわけではない。でも、エリック様は違う。店員が宝石を厳重にしまい込みに出て行った隙に、エリック様はささやいた。


『この二人の秘密のイヤリングをつけてダンスパーティに参加して。僕だけわかるように。結婚しよう。僕だけのものになって。愛しているよ』


もう、思っただけで、胸がドキドキする。正常ではない。そのうち心臓病で死ぬかもしれない。

しかも足が地面についていない気がする。まるで夢でも見ているようだ。


だけど、ハンナはため息をついた。


これは全部、その場限りの夢物語。


大体、エリック様は自分の名前さえ教えてくれないのだ。


絶対、教えてくれないだろうなとハンナが思うあまり、あえて聞かないでいると言う事情もあるが、自分から進んで教えてくれないのもまた事実。


こんな方法で、自分の心臓をトレーニングしたくない。



元はと言えば、殿下との婚約を目指すヒルダ嬢がこの問題の発生源である。

まあ、そこへジョージが乗っかって、ハンナとの婚約破棄を目論んだわけだが。

そこを考えるとハンナはちょっとムカムカした。


「白紙ではなくて破棄ということは、自分は悪者になりたくない、私に責任を被せようと企んでるってことよね」


そのせいで毎週デートに付き合わされている。

特に先週のデロ甘デートはこたえた。


それに……何より困るのはダンスパーティだ。


ハンナは、今必死で、この恋をあきらめようとしているのだ。

恋だなんて認めるわけにはいかない。これは仕事の成り行きなのだ。


内緒で(ジョージやヒルダ嬢から見つからないように)隠れるように密かに行われるデートは楽しかったが、夢物語のワン・シーンらしく、誰にも見られていない。


だけど、学園でのダンスパーティは困る。

いくら婚約指輪や目立つネックレスではないとしても、あのサファイヤのイヤリングは、ものすごすぎる。見る人が見たら、値打ちがわかるだろう。

エリック様は隣国人。隣国に帰ってしまえば、すべては終わりになり、一時の恋物語はエリック様にとっては楽しい思い出になるかもしれないが、現実の世界に取り残されたハンナは、その後どうなるの?


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