第23話 宝石店行き

寮に戻ったハンナは、まず、必死で父に手紙を書いた。


長い。経緯が長すぎる。


だけど、書かないわけにはいかなかった。


「届くかしら。もう、郵便事情さえ疑わしくなってきたわ」


なんでよく知りもしないジョージからここまで恨まれるのか。


「必ず返事を下さいますようお願いします。ハンナ……と」




翌日、アレクサンドラ殿下に会うと、ものすごい勢いで引き留められた。


「授業なんかどうでもいいわ! さあ、食堂に行きましょう!」


「食堂ですか?」


「フィリップが待っているわ」


そして案内されたのは、例の王家専属の小さな隠れ家的食堂だった。


「待ってたよ、ハンナ」


ぼさぼさの黒髪に、黒縁メガネをかけたフィリップ殿下が待っていた。


「護衛騎士から聞いたよ。本当にひどいな」


「聞いてくださいましたか」


あのエリックという護衛騎士と一緒に行って本当によかった。話の証人になってくれるだろう。

信じてもらえないかもしれないと思うくらいひどい話だった。


「ハンナ、翌週からもよろしく頼むよ。ジョージのやつ、ほんと、腹立つな」


これを聞いた途端、アレクサンドラ殿下が微妙な顔になった。


「フィリップ、相手の出方さえわかれば、もういいんじゃない? 来週もカフェ・ブールヴァールに偵察に行く必要ある?」


「今気になっているのは、確実にジョージがハンナ嬢と婚約破棄するつもりなのかってことなんだ。心配だよ。エリックを行かせるよ」


「フィリップ、エリックって誰の事なの?」


アレクサンドラ殿下が聞いた。


「ああ、昨日の騎士はエリックって言う名前なんだ」


フィリップ殿下がいささか早口で答えた。


「ジョージがヒルダ嬢を毎週カフェに誘ったから行くのね?」


「そうなのだ。毎週あの二人を看視しなくてはいけなくなったんだよ」


なぜかフィリップ殿下は抑えきれないように弾んだ声になり、アレクサンドラ殿下は妙な顔つきになった。


ハンナは暗くなった。ジョージのあの悪口を、毎週聞くのかと思うとちょっと憂鬱になりそうだ。


だが、アレクサンドラ殿下の方は、我慢できないと言ったように口元をピクピクさせていたかと思うと、突然、口元を隠して笑い出した。


その上、衝立の陰からグフグフいう異音が聞こえてきた。

衝立の後ろには、護衛騎士が隠れていた。彼らも笑っていた。


ハンナは訳が分からなくて、キョロキョロしていた。笑っていないのはハンナと、なぜだか真っ赤になっているフィリップ殿下だけだった。


「大丈夫よ、ハンナ。あなたには最強の味方が付いたみたいだわ。あなたのお父様には、私からも、婚約を白紙に戻すよう伝えておきます」


「あ、ありがとうございます?」


公爵令嬢からにらまれて不利益はこうむりたくない。でも、これでいいの?




なんだかよくわからないが、カフェ・ブールヴァールでの監視は続いた。


時々、ヒルダ嬢がお芝居を見に行くと言い出すこともあり、その時は、なぜかエリック様と一緒に同じお芝居を見に行くことになった。


「あの、エリック様、こんなに席が離れていては、ヒルダ嬢とジョージの話の内容が聞き取れないのでは?」


『大丈夫だよ。ほかの護衛騎士が、あの二人のそばに待機してくれているから」


だったら、自分たちは不要なのでは? とハンナは思ったが、黙っておくことにした。


エリック様って誰なのかしら? すごく気になる。家名を教えてくれないのだ。


キラキラした美しい金色の直毛と、黒みがかった深い青の目は光の当たり具合で、まるでサファイヤのよう。とてもきれいな方だった。

しかも度外れて優しい。


仕事だからと、なんと毎週新しいドレスが送り届けられた。


「置く場所がないでしょうから、前のドレスはあずかっておくようにと言われております」


ドレスメーカーのハドソン夫人がニコニコしながらそう言った。


寮住まいなので、確かに置く場所はない。でも、別に毎週新しいドレスでなくてもいいのではないかしら?


『ダメだよ。同じドレスだなんて、相手に気づかれちゃう。毎週同じカップルが一緒だなんておかしいでしょ?』


エリック様が言った。


『それにさ。僕は、楽しみにしてるんだよ』


もうダメだ。どうしてこうなっちゃったんだろう。


本日はなんとヒルダ嬢とジョージが宝石店に行くとかで、ハンナも宝石店に行く羽目になった。


「あの、エリック様、宝石店は狭いですわよね?」


完璧にエスコートされながら、ハンナは抵抗を試みた。


「見つかってしまいますわ」


『大丈夫。今日のドレスは飛び切り豪華だから』


その通り。本日のドレスは、金糸で細かい刺繍が施されていて、見た目は軽やかだが、さながら王侯貴族のような豪奢さだった。

伯爵令嬢が着るようなドレスではない。


そして、ただでさえ美しいエリック様が、これまた豪華な上着を来ていた。凛々しい軍服みたいなデザインの服だが、きりっとした白で凝った飾りがついていた。男らしくてかっこいい。


そこまではエリック様の言う通りだが、話の脈絡が通らない。何がどう大丈夫なんだろう。


「あら?」


馬車から降りて、街の通りに並んで立って、ハンナは気づいた。


エリック様、背が伸びている。頭一つ、完全にハンナより背が高い。こんなだったかしら?


『どうしたの? さあ、行こう』


そこは王都でも指折りの宝石店で、宝石に詳しくないハンナでも、特別高い宝石ばかりが並んでいる店だとすぐに分かった。


『君には苦労かけているね』


「そんなっ。だって、自分の為のようなものですもの」


『お礼をしたい』


「いや、まさか! だってヒルダ嬢とジョージを見張りに来たのですから! 仕事です、仕事」


『仕事じゃないよ。報酬を払っていない。だから申し訳なくて。今日は大したものは買わない。でも、婚約が白紙になったら、君は自由なんだ。僕と婚約してくれる?』


「え?」


ハンナは突然の思いがけない言葉に狼狽した。婚約?


『今度、学園でダンスパーティがあるでしょ?』


エリック様が急に前かがみになって、熱心にハンナに向かって言いだした。


ええと、そうだったっけ? エリック様と距離が近いので、ハンナは頭がうまく動かなくなった。ええと、今日は何しに宝石店へ?


エリックの金髪が頬に触れそうだ。


『何がいいかな。そうだ、このイヤリングがいい。これをダンスパーティにはつけてきて。僕だけにわかるように』


エリックが手を伸ばすと、気配を察知した店員がサッと、店の中でも飛び切り大きなサファイヤがキラキラしている一組のイヤリングをガラスの箱の中から出してきた。


「お試しになりますか?」


『もちろん。でも、僕が付けよう』


ハンナは真っ赤になった。

エリックのハンナよりずっと大きな指が耳たぶに触れる。


『つけるのって、むずかしいな。ごめん、手間取って』


耳元でしゃべるのやめてください。そして、首筋にそっと触れるのはやめて。





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