第22話 デートの約束と監視の約束
真っ青なドレスのヒルダ嬢とジョージが、カフェ・ブールヴァールから出て行くと、ハンナと護衛騎士のエリックは顔を見合わせた。
エリック様、顔がきれい。
ジョージの顔ばかり眺めていたハンナは思わず思った。脈絡がないけど。
『ジョージってひどくない?』
エリック様は眉を寄せていた。
我に返ったハンナは、あわてて答えた。
「ひどいわ。でも、私、今の話を父に伝えますわ」
『信じてくれるかな?』
「信じてくれますわ。信じてくれなくても、父なら調べればわかるでしょう。あれでも、有能商人なのですから」
『早めに婚約破棄した方がいいね。でないと国外追放だなんて言っているよ?』
「国外追放なんか、出来るわけがないではありませんか。でも、おっしゃる通りですわ。婚約者でなければ、不倫だとか非難される理由がなくなりますもの。無関係な人物が何をしようが、ジョージは文句言えなくなります」
『ジョージには腹が立つな。実に嫌な奴だ。それに何を企んでいるんだろう』
エリック様がきれいな眉をしかめた。
髪の色より少し濃い色で、白い額にきりりとした線を描いている。
『君たちが派手に婚約破棄をしたところで、フィリップ殿下は何も思わないと思うんだけどね?』
「それでヒルダ嬢が殿下と親しくなれるはずだと言う理屈が分かりませんわ」
『その案を出したのはヒルダ嬢だ。ヒルダ嬢らしいと言えばらしい発想だけど。ヒルダ嬢は何かの恋愛本にでも影響されたのかな? 普段から自分に都合のいい思い込みだけで生きてるからな。でも、ヒルダ嬢はとにかくとして、ジョージがなぜ、こんな穴だらけの話に乗ってきたのかがわからない』
婚約者とはいえ、ハンナはジョージのことはよく知らない。わかったことは、かなりの偏見の持ち主だと言うことくらいだ。あと、ハンナとの婚約を嫌がっている。それから、嘘をついた。そんな親しくしている男なんかいるものか。
ハンナは、エリックにそう言った。エリックは深くうなずいた。
『ほんとにひどいよね。失礼にもほどがある。それに嘘だらけだ。ご学友の選択にワイロなんか関係ない。でも、ヒルダ嬢は信じているみたいだったね。なんだか、ヒルダ嬢がジョージに騙されている気がしてきた』
「私もそんな気がしますわ」
『大体、ジョージはご学友というものの、殿下には嫌われていて、何も接触がないと思う』
「え?」
ハンナはびっくりして、エリックの顔を見つめた。
『顔を見ちゃダメ』
「あ、ごめんなさい」
ハンナはあわてて下を向いた。
『君が見てはダメなだけで、僕は見てもいいんだ。顔をあげて』
ハンナは戸惑った。どうやったら、エリックだけハンナの顔を見て、ハンナがエリックの顔を見ないで済むと言うのだ。
『少し横を向いて』
エリックが少し嬉しそうにハンナに言った。
「こうですか?」
『うん。それでいい』
半分だけ紗の帳をおろした、窓際の半個室に二人は座っていた。
窓から、同じ紗の薄いカーテン越しに光が入ってくるので、逆光になって、一般客のフロアからこちらは見えない。
斜めなのでよく見えないけど、エリック様は微笑んでいるように見える。一方的にじろじろ見られるのはなんだか恥ずかしい。ハンナは話題を変えようと思った。
「えっと、エリック様、先ほどの話をまとめましょう。殿下方に報告しなくては」
『あ、そうだね。でも、フィリップ殿下は、ヒルダ嬢なんか絶対相手にしないと思うな。だけど、さっきの話はひどすぎる。今後、あれを実行するんだとしたら、ジョージとヒルダ嬢は後で自分たちが断罪されるよ。特にジョージが今後どうなるか、心配だよ』
「私は心配しませんわ」
『あんなひどい婚約者だなんて知らなかった。ハンナ嬢のどこが気に入らないんだろう。君は、とてもかわいいよね?』
「そんなことはありませんわ」
『いや、かわいい。いつも地味なドレスなので目立たないけど、評判だよ。それと殿下方といつも一緒なので、声がかけられないって嘆いている男子が大勢いるって話だよ』
「そんなことはないでしょう。婚約者がいるので、皆さま、声を掛けないのですわ」
『みんな、あんまりそのへんの事情は知らないんじゃないかな』
そう言いながら、エリック様は手帳を見ていた。
『じゃあ、次はまた火曜日か』
「え?」
『だって、ヒルダ嬢とジョージが何を企んでいるのか、知っとかないとね。特に、ハンナ、君のこと、国外追放って言ってたでしょ? どんなに頑張ったところで、フィリップ殿下がヒルダ嬢を相手にするとは思えないけど、あのジョージは君のことを、浮気者で、ワイロでご学友の地位を獲得して、殿下を狙っているって言ってたし、その噂を学園中に広めるって予告してたでしょ?』
「本気でそんなことするのかしら?」
『しかも、ヒルダ嬢には、この計画は侍女にも言うなって口止めしていた。公爵家が認めないとわかっているんじゃないかな』
ハンナは身震いした。意味の分からない、婚約者からの悪意。
そんなひどいことをされるような覚えはない。
話を聞いていた時は、猛烈にイライラしたが、エリックの口から改めて聞くと、今度は怖いと言う気持ちが湧いてきた。
『大丈夫だよ。心配しないで。殿下も僕も君の味方だ。だって、実際に聞いたんだからね』
「よろしくおねがいします……」
ハンナは涙目になって、エリックを見上げた。
『ぐぇっ……』
「どうしました? エリック様?」
『あ、なんでもない。これから、僕の言うことを良く聞いて。まず、父上の伯爵に急いで手紙を書いて、今日の顛末を知らせて婚約の解消を頼むんだ。いいね?』
ハンナはうなずいた。
『フィリップ殿下には僕から報告しておく。安心してくれ」
それからエリック様はちょっと言いよどんだが、続けた。
『では、また来週』
え……? また来週? なぜ?
しかし、彼は手を振ると、待ち受けていた別の馬車に乗って行ってしまった。
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