第19話 シスコン殿下

「まだ来ていないようですわね」


ハンナは用心深く辺りを見回して、エスコート役の護衛騎士に囁いた。


『そろそろ着くでしょう。予約の際に、ヒルダ嬢とジョージの席も確認しておきました』


「あ、予約したんですね」


『当たり前でしょ? せっかく来て、相手の話が聞こえなかったら何にもならない』


「もちろん! そうですわね」


考えてみれば当たり前か。

ハンナはパース公爵夫人が登場した時点で、何もかもお任せ気分になっていた自分を反省した。


『僕もこの店は初めてなので、先輩に聞いたのですよ』


「護衛騎士様も初めてだったのですね」


ハンナが言うと、護衛騎士は、ちょっとムッとした顔になった。


『護衛騎士様は、ここでは止めて』


「あ、はい」


では、なんとお呼びしたらいいのか。


『えっと、そうだな。エリックって呼んで?』


「エリック様?」


相手は少し赤くなってもじもじし出した。

何? この流れ。


『ハンナって、呼んでもいい?』


「はい。もちろん」


構わないけど、ここへは何しに来たんだったっけ?


『このお店ね、ランチも色々種類があって、なかなかおすすめなんですよ』


「はい」


『おすすめを頼んでおきました。あと、デザートだけは何がいいか、後でハンナに聞こうと思って。メニュー持って来させるから、好きなもの頼んで』


「え? ありがとうございます……?」


きれいな髪の毛はサラッとした金髪で、顔を飾っている。それから、目はサファイヤみたいな青。ハンナに見つめられていることに気がつくと、ちょっと唇を尖らせて横を向いた。かわいい。

それに護衛騎士とは思えない若さだ。


『僕の顔を見ちゃダメだからね』


「あ、はい。申し訳ございません」


『学園にいる時は、内緒なんで、この顔』


何言ってるんだろう。


『ええと、あの、言わなかったけど、ドレス、すごく似合ってる』


ハンナは意外過ぎて思わず相手の顔を見つめてしまった。


『それ止めて。顔見ないでよ』


エリック様は、きれいな髪の毛を手でかきむしってむちゃくちゃにして照れていた。顔が真っ赤だ。


いや、ほんとに何しに来たんだろう。デート?


「さあ、おかけください、ヒルダ嬢」


その時、彼らの耳に声が飛び込んできた。

ジョージの声だ。


護衛騎士のエリック様とハンナに、緊張が走った。

いよいよ目的の二人の入店だ。


「私、こんなところに来るだなんて、あまり乗り気ではなかったのですよ」


ヒルダ嬢の声がする。いつも通りのちょっと高飛車な調子だが、その間にほんの少し満足そうな響きがある。


「仕方がないではありませんか。学園内でお目にかかったら、すぐ噂になります。ここでなら、ゆっくり相談できます」


ヒルダ嬢がふふんと言った様子で、うなずいた。


「そうですわね。目立たないように地味な服を着てきました」


そう言われて。ハンナと護衛騎士の二人はそろってヒルダ嬢のドレスに目を向けた。


派手。


ヒルダ嬢は、真っ青な生地に、大胆に黄色や赤で鳥と花が刺繍されたドレスを着ていた。


ハンナも派手を目指した。本日のドレスはサーモンピンクである。

しかし、完敗だと思う。派手の意味が違う。


派手……である。まず、真っ青なのがすごい。とりあえず目立つ。

意匠は鳥と花なのだが、一つ一つが大きい。

あんまり見かけないデザインのドレスだった。

同じ花柄でも、小花を散らした白やピンクのドレスはよくあるのだが、こういうのは見たことがなかった。


護衛騎士のエリック様の顔を見ると、彼も似たようなことを思ったらしく、ハンナに言った。


『派手……だよねえ。それと、あれ、特注だよね。高いと思うな』


ハンナは一生懸命うなずいた。外国語だけど、よくわかる。その通りだ。


少し離れたテーブルでは、ジョージが言葉を失っていたが、しばらくして咳払いをしてから言った。


「とてもお似合いです。素晴らしいドレスですね」


『おお、ジョージ、正解』


ヒルダ嬢が満足そうにうなずいたからだ。


『ありがとう。あなたも、もう少しファッションにご興味を持たれるといいと思いますわ。このドレスは、私のお気に入りのアンダーソン夫人に作ってもらいましたの。アンダーソン夫人は、最先端のデザインを……」


「ヒルダ嬢、アンダーソン夫人の話ではなくて、王子殿下のお話をしませんか? 私は殿下の最も信頼されているご学友なのですが、それだけに殿下の御用がなかなか多いのです。殿下は、あまり女性と親しくはなさらない方なので、きっかけがないとお話もできないと言うのは、ヒルダ嬢がおっしゃる通りだと思いますね。さすがのご慧眼です」


話をぶった斬る。

自分を持ち上げる。

殿下を腐す。

ヒルダ嬢を微妙に褒めておもねる。


『ジョージって、賢いのかバカなのかわからないなー』


「でも、自分勝手で、偉そうだわ」


エリックとハンナの前に、軽い食事が運ばれてきた。美味しくて食べやすかったが、それより観察だ。


「えーと、こんなことを申し上げて、いいのかどうかわかりませんが。本当に殿下は女性に興味がないのです。ちょっと、はばかられますが、実はシスコンなのです」


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