第20話 グレートデン
護衛騎士のエリック様がピクンと反応した。
『違う』
「まあまあ、エリック様、聞きましょう」
ハンナがなだめている間に、ジョージがいきなり核心に迫った。
「ヒルダ嬢は、フィリップ殿下とどうなりたいのですか?」
どうなりたいの? ハンナも聞きたかった。
「実は父から婚約話を持って行ってもらったこともあるのですが、保留になってますの」
『きっぱりはっきり断ったはずだが、なんで保留扱いなんだ』
ハンナの隣が歯を食いしばりながら、ぼやいた。
ハンナと目が合うと、エリック様は目を瞬いた。そして言った。
『殿下から聞いたんだ』
「殿下とお親しいんですね」
『無論だ。生まれた時からの知り合いだ』
この人、誰なんだろと思ったが、思考はヒルダ嬢の一言でぶった斬られた。
「早めに婚約者として発表して欲しいのですわ」
さすがのジョージも息を呑んだ。保留だって今言ったよね? もう、決定なの?
「でないと、薄汚い学園生の虫どもが、殿下に群がることが目に見えてますわ」
あの殿下、背は高めだが、髪とメガネと襟で顔が見えないよね。変人?
それでもいいの? ハンナは失礼なことを考えた。
しかし、ヒルダ嬢は、勢い込んで語り出した。
「礼儀作法のなっていない平民娘の無作法な馴れ馴れしさが、貴族の堅苦しい礼儀作法に慣れた殿下にとっては、新鮮に映るようで、殿下と親密になりましたの」
「そうなのですか? 私、寡聞にして存じ上げず……」
ジョージがあわて気味に答えた。
「そして、わたくしが公爵令嬢という高い身分にふさわしく、あまり感情を表に出さず、悪口にもいちいち反論しないのをいいことに、私にペンを盗まれたとか、教科書を隠されたとか、階段から突き落とされそうになったとか、あることないこと、殿下に吹き込むのです」
「そのようなことが!」
ジョージは驚いた。
「もはや不倫ですわ。私という婚約者がありながら、なんということをするのでしょうか。品行方正で誇り高い公爵令嬢が、そのようなことを耐え忍ぶなんて、許されることでしょうか。ダンスパーティの席上で婚約破棄を叫ぶつもりなのですよ。そこで、殿下が私の価値に気が付いて、婚約を結ぶのです」
時系列無視と矛盾と願望の乱れうち。小説の読み過ぎ? 意味が解らない。大丈夫かなあ、ヒルダ嬢。
あのジョージがしばらく考えていた。
「あの……その平民の娘とはいったい誰でございますか?」
「今のところ、そこまで大胆な娘はいないようです。誰か適当な平民娘を見繕っていただきたいのですわ」
この理解には、数分を要した。
「あの、今、そう言う方がおられるわけではないと?」
「そんな下賤な人間に知り合いはおりません。人選はあなたに任せます」
任せられたジョージは目に見えて焦った。
「その……ダンスパーティというのは、このたびフィリップ殿下とアレクサンドラ殿下をお迎えして学園主催で行われるダンスパーティのことですか?」
ヒルダ嬢はうなずいた。
「ほかに何があると言うのです?」
「お父様の公爵はなんと?」
「父ですか? むろん、賛成ですわ。当たり前じゃございません? 学園内で殿下とお互い想い合う仲になって結婚が決まるのですよ。真実の愛はどんな理屈より強いのですわ」
「え? 会ってもないくせに?」
『え? 断わられたのに?』
外野のハンナとエリックのナイフとフォークが止まった。
ジョージの手元も止まったが、彼は用心しいしいヒルダ嬢に尋ねた。
「あのう、殿下はこのお話についてどう考えてらっしゃるのでしょう?」
「裕福な公爵家が後ろ盾に付くと聞けば、殿下はきっとお喜びになりますわ」
「ところで、殿下のご容姿についてですが、ヒルダ嬢はご存じですよね?」
この質問はなかなか重要だとハンナは考えた。
フィリップ殿下は容姿以外は割と常識人である。容姿というか、服装以外は。
服装に関しては、アレクサンドラ殿下が、時々ため息を漏らしている。
「それが最近は髪を長く伸ばしておしまいになって。でも、子どもの頃の殿下は、とてもかわいい子どもでしたの。私のお気に入りでしたわ」
「仲良しだったのですね」
ヒルダ嬢は思い出したように、にっこり笑った。
「母たちのお茶会について行って、棒で突いたり、ペットのワンちゃんをけしかけたり……でも、お遊びですよ? 殿下も冗談のおつもりでした」
「なかなか殿下はわんぱくな方ですね」
「そうですわ。殿下ったら、逃げ足も速くて、私、棒が届かなくて、遂には投げましたもの」
「あのう? 棒で突いたのは、殿下ですよね?」
「あら。女性にそんなことをして許されるとでも? とんでもありませんわ。棒で突いたのは私ですわ。あんまりかわいかったので、つい突っつきたくなりますの。殿下ったら足が本当に速いのです。私のグレートデンたちに追わせたのに、捕まえられなかったくらいですわ」
「ペットにグレートデンを飼ってらしたのですか?」
ジョージは感嘆のあまり声を失った。
「大型猟犬ですけど性格は温厚なのです」
「それ、おいくつくらいの頃のお話ですか?」
ヒルダ嬢は首を傾けた。
「十歳くらいかしら」
「それで、今度は婚約者になりたいと?」
「ええ。私に会いに来ないのは私を意識しているからだと思いますの」
「会いさえすれば、どうにかなると?」
「でも、会うチャンスがないでしょう。ですので、わたくしに一つ案がありますの」
ヒルダ嬢の黒い目がきらりと光を放った。
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