第17話 着飾るぞ

次に現れたのは、トンプソン先生だった。


「おいでなさい」


学校の授業が終わった後、先生はハンナを教室から連れ出した。


どこへ行くのか。通路が長い。


学園にはいろいろと生徒が知らない部屋とか通路とかがたくさんあったのだと、ハンナは驚いた。


学園は昔の王族の誰かの館だったと聞いたことがある。


たとえば食堂は、その代表格で、多分昔は大広間として使われていたのだろう。大理石の床や高い天井など、多少古めかしいが、見事だった。

しかし、今は中にいるのが、貴族とは言え学生なので、わちゃわちゃしていて、高貴な雰囲気がまるでない。


寄宿舎はどうやら使用人部屋だったらしい。簡素な作りだった。なにしろ寮なので、小さい部屋が大量に必要だったのだ。


だが、トンプソン先生が案内してくれた部屋は、寮としても教室としても使えなさそうなサイズの昔の部屋だった。それに教室とも寮とも離れている。


こんな部屋があったのか。


「それでは……」


トンプソン夫人が言うと、程なくして隣の部屋との間のドアが開いた。


「ハミルトン様!」


「えっ?」


満面の笑顔で現れたのは、色とりどりの華やかな衣装を抱えた女性たちだった。古ぼけた部屋が一気に華やかな雰囲気に包まれた。中心にいた、素晴らしい血色の中年の婦人が声をかけてきた。


「ハミルトン伯爵のお嬢様のハンナ様ですねっ」


「は、はあ」


「お母様にはいつも大変お世話になっておりますっ。わたくし、王都で伯爵夫人の御用を承っておりますハドソンと申しますっ」


あ、そう言えばそんな名前もリストに載っていたかも?


ハンナは、派手ではないが、洒落た格好をしたその夫人と、色鮮やかなドレスを腕いっぱいに抱え、ニコニコしながらこちらを見つめてくる数人の針子を見つめた。


「お嬢様! この度は、うんと派手に着飾る必要ができたそうで! とても良いご縁の貴公子とのデートで、ぜひとも美しく着飾らなくてはならないそうですね!」


「いや、そう言うわけでは……」


ハンナは額のあたりに汗がにじむのを覚えた。

そんな気合の入ったドレス、いくらするのだろう。経費も出ない名誉職の「ご学友」なのに、ハンナがそんな訳の分からない監視のために、ドレスに大金をかけただなんて、父が聞いたらなんて言うだろう。


すると、トンプソン先生の靴先がツツツとハンナのつま先を踏みにきた。


礼儀作法にうるさいトンプソン先生が足技を使うだなんて!

驚いて顔を見ると、強くうなずかれた。黙ってろと言いたいのか?


「経費で」


はああ?


「しかも、そのステキな貴公子は、お嬢様が派手に着飾ったところをご覧になりたいだなんて! なんだかわたくしどもが、ワクワクしてしまいました!」


なんで? ハンナは素朴に疑問に思った。そのステキな貴公子って誰の事? それに派手に着飾るご令嬢は多いんではないの? 特に適齢期の方々は?


「そんなことはございません。まず清楚! これに尽きます! 殿方は清楚がお好き。何言ってるんでしょうねえ? 判で押したように清楚でかわいいドレスをっておっしゃるんです。お嬢様方も、派手好きなんて思われたくないですから、無理して清楚一択。わたくしどもの腕が泣きます。今回は思い切り腕が振るえるそうで!」


ハドソン夫人たちは、何か、完全に勘違いをしている。パース夫人は、どう伝えたのだろうか。

誰がこんな話をハドソン夫人に流したんだろう……と思ったが、この前のパース公爵夫人の言葉を思い出した。


『話は通しました』


それがこれか。


パース公爵夫人絡みは、どうしようも出来ない気がする。ハンナは諦めた。


「ではっ! 思いっきり派手に美しく! お相手をメロメロにいたしましょう! ねっ? お嬢様!」


同意を求められても……ハンナはトンプソン先生にちらりと目をやり、救いを求めたが、先生は目につかない程度に首を振った。

だめだ、これは。ハンナは悟った。


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