第9話 ダリア嬢&バイオレット嬢 2
「こちらが、ヘイ伯爵のご息女ダリア嬢でございます」
アレクサンドラ王女殿下は、知り合いになる気満々のずらりと並んだ生徒を見ただけでうんざりしたらしい。付き合いの短いハンナだったが、それは感知した。
全員紹介されるのは真っ平だ、時間がかかり過ぎるという信号をキャッチした。
「ならびにブラック伯爵家のご息女バイオレット嬢」
そう言われても、この二人だけは外せない。
「はじめてお目にかかり、光栄に存じます。ダリア・ヘイでございます」
バイオレット嬢は声を弾ませて言った。
「こんなにお美しい方とは思っておりませんでした。バイオレットとお呼びくださいませ。今度、ぜひ私共とご一緒に……」
アレクサンドラ殿下の機嫌が急降下していくのを察知したハンナは、二人に向かって釘を刺した。
「殿下からお声を掛けていただくことは光栄なことと存じます」
要するに、自分から話しかけるな、話しかけられるのを待てと。
通じたかどうかはわからない。多分、無理だ。でも、話をぶった切るところまでは成功した。
それからずらりと並んだ生徒たちには、
「おいおい、お親しくなる機会がございますでしょう。授業に遅れてはなりませんので」
ハイ、終了。
この発言がもとで、ハンナは仕切り屋だとか勝手だとか後でさんざん陰口を叩かれることになるのだが、その時はアレクサンドラ殿下のご機嫌を損ねないようにするのに精いっぱいだった。
「どこに座られますか?」
トンプソン先生の文学の時間だった。殿下は文学に興味はない、授業には出ないと宣言したのだが、全知全能の養育係パース公爵夫人に、却下されていた。
アレクサンドラ殿下は、一番後ろを選んで腰かけた。
「では」
ハンナの席は仲良しのリリアンとマチルダの隣だ。ハンナは自分の席に移動しようとした。
殿下には、全身黒づくめで兜をかぶっているので顔がわからない護衛騎士が付いていた。
違和感がハンパない。
ピンクのカーテンとお人形さんが並ぶ女の子用の子ども部屋に、サイズ感の合わない巨大な望遠鏡とかデカくて厳つい大砲を持ち込んだような異様感があったが、それはどうでもいい。殿下が一人きりにならないよう、誰かついているのだからハンナが離れても心配は要らないと思う。
だが、ハンナが自分の席に移動しようとすると、その護衛騎士がなぜかスーとやってきて、ハンナを持ち上げてアレクサンドラ殿下の横の席に押し込んだ。
「あの……」
護衛騎士の無表情の顔(兜)が怖い。
ハンナはそれ以上何も聞かずに、殿下の隣に座った。
授業の間中、アレクサンドラ殿下はずーっとノートにクラスの生徒について質問を書き続けていて、それをハンナに渡してきた。
殿下はノートを二冊取り出して、ハンナが質問の答えを書いている間中、次の質問を矢継ぎ早に書いていた。ハンナは防戦一方だった。
『あの女の子は誰? 二列前の派手なブロンド。あとその隣。どんな人?』
『ブロンドは男爵家の令嬢リリアンでございます。隣のマチルダ嬢は同じく地方の男爵家の令嬢です。成績は良く、優等生です』
カサカサ、カサカサ、紙の音とペンが走る音が、結構、教室に響く。
普段だったら、こんな授業態度が許されるはずがなかった。トンプソン先生の授業を完全に無視しているのである。
しかし、先生から叱責が飛ぶことはなかった。
授業が終わった時、ハンナはグッタリしていた。余計なことを書かないで、的確で十分な情報を出来るだけ早く提供しなくてはならなかった。
「やっとお昼ね! 食堂に一緒に行きましょうよ! フィリップと会う約束しているの」
フィリップって、あのフィリップ殿下のこと? 更にこの上、フィリップ殿下まで?
ハンナは目線でリリアンとマチルダに救助信号を送ったが、ふたりは苦笑して首を振った。無理、ということらしい。
一方で、フィリップ殿下という言葉に過剰反応した人物がいた。
「殿下、お昼ご飯をご一緒いたしませんか?」
駆け寄ってきたのはバイオレット嬢だった。
ダリア嬢は立ち上がる時に、本日着用に及んだ華美に過ぎるドレスの裾が、イスに引っ絡まったらしく、後れを取った。
バイオレット嬢は、無理やりハンナと殿下の間に割り込みたかったに違いなかったが、その衝撃は訪れなかった。
バイオレット嬢とダリア嬢の真後ろには、例の寡黙な護衛騎士が立っていた。どうやら二人の首根っこをつかんでいるらしい。
「不敬罪」
ものすごく低い声が教室に響いた。
「じゃあ、どうして ハンナは不敬罪じゃないって言うのよ?」
バイオレット嬢がキャンキャン言った。他の生徒は遠巻きにして様子を見ている。
護衛騎士は寡黙な
「ちょっと! 放してよ。食堂に行くの。お昼を食べたいの」
「あとで」
「お腹が減ったの! ご飯を食べさせない気? 餓死したらどうしてくれるの!」
「死なないから」
会話としては成立している。それにハンナはそれ以上聞けなかった。小柄なアレクサンドラ殿下だが、意外に足が速く、どんどん行ってしまうのである。
「あ、殿下、食堂はこちらでございます」
ハンナほど学内に詳しい訳ではないので、角を間違えそうになる度にハンナは殿下に声を掛けた。
「ありがとう、ハンナ」
殿下は身が軽い。そのおかげで食堂には最短で辿り着くことができた。
しかし、入った途端に、さっき教室でダリアとバイオレットの首根っこを押さえていた黒装束の護衛騎士が腕組みをして、待ち構えていたのには心底ビビった。速い。速過ぎる。
いくら騎士の身体能力が優れていると言っても、信じられないくらいだ。
「別人だから」
殿下が教えてくれた。
「あ。はあ。そうですね」
配属された護衛騎士は一人ではないらしい。さすが王族。
「それよりフィリップに紹介するわ。来て」
食堂はいつもよりざわざわしていた。
王子殿下、王女殿下とご一緒に食事ができるだなんて、この上ない名誉である。招待されたわけではないので、同じ空間にいるだけではあるが。
それで、舞い上がったり、非日常感でワクワクしている連中もいるにはいるが、そのほかにも黒装束の護衛騎士があちこちをのっしのっしと歩いているので、余計緊張感が高まっていた。
「あ! フィリップ!」
アレクサンドラ殿下は、フィリップ殿下を見つけると手をあげて合図した。
フィリップ殿下がどこにいるのかわからなかったが、黒髪の人物が人混みを抜け出て急いでこちらにやってくるのが見えた。
ハンナは本物の王子殿下を目の当たりにして、ものすごく緊張した。
そんなことをしてはいけないとわかりつつも、つい、ツケツケと観察してしまった。そしてもちろんびっくりした。
長目の前髪が顔を隠している。そして黒縁の大きな眼鏡をかけていた。顎は高い襟の中に埋没してしまっていて、人相がよくわからない。
ただし痩せていることはなんとなくわかった。
「アレクサンドラ、ご飯は二人で食べよう!」
フィリップ殿下が切羽詰まった声で言った。
「ハンナと一緒でもいい?」
アレクサンドラ殿下の提案にハンナは肝をつぶした。
「ハンナって、誰?」
フィリップ殿下が不機嫌らしいことは、声の調子で分かった。顔の表情は髪の毛とメガネでよくわからない。
「パース夫人が選んでくれたご学友よ」
「それなら要らない」
不愛想にフィリップ殿下が答えた。
これ幸いとハンナは席をはずそうと立ち上がったところを、いつの間にやら背後に控えていた例の護衛騎士に捕まり、ずっぽりと椅子に押し込めらえた。
「僕のご学友とやらは、誰だったっけ。なんとか言う侯爵家の令息が……」
思わずハンナは言ってしまった。
「ジョージ・キャンベル」
メガネがこっちを向いた。
「そう。それ。そいつが同学年全員を紹介してくれて、まだ、半分しかいってない。午後からもあれを続けるのかと思うとうんざりする」
「女子のクラスに参加すれば?」
いとも気軽にアレクサンドラ殿下が提案した。
「ハンナが仕切ってくれるわ。私は二人だけ紹介されたけど、話しかけられたらハンナが止めてたわ」
「そんなことはしておりません。授業が始まるところでしたので」
そんな言われようをされては、後で祟るに決まっている。ハンナは口を挟んだ。
「大体、学園で社交をしようだなんて考えていないよ。僕は歴史の勉強をしようと思って学校に来たんだ」
「私は一応蜂の研究をするって王妃様には言ったのだけど、実際は蜂蜜に興味があるだけなの。イチジクとかアーモンドとか甘いものを作りたいの」
「食べたいの間違いだよね」
冷たくフィリップ殿下が口を挟んだ。
「僕もアレクサンドラも、放っておいて欲しいだけなんだ」
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