第4話 ジョージからの手紙
ハンナは手紙をつまみ上げた。
始めてもらった婚約者からの手紙。
しかも意外に分厚い。
なんだか胸がドキドキした。
『親愛なるハミルトン嬢』
ハンナの部屋は寮生の部屋にしては比較的広い。何しろ両親は大金持ちだ。伯爵家という大義名分もあるので、豪華な部屋に振り分けられても誰も文句を言わない。なにしろ、この部屋の賃料はかなりの額らしいから。
なので、ハンナは一人でゆっくり手紙を読むことができた。
『僕は侯爵家の跡取りで、今の学年に僕ほどの高位貴族の子弟は在籍していない』
ん? 最初から何の話?
『実はこの話はまだ内密だが、この度、フィリップ殿下とアレクサンドラ殿下が、我々の学園にご入学することとなった』
ハンナは手紙から目をそらして、宙を見つめた。
フィリップ殿下とアレクサンドラ殿下は、双子の王子と王女だ。
ハンナたちと同じ学年に当たる。
ただ、これまで王族が学園に入学したことはなかった。
もちろん王族だから、同級生になるのだとしたら、これは名誉な話だろう。
兄の王太子殿下は8つも年上で、すでに結婚して二人の男の子がいた。
だから王子と王女は比較的自由な身の上のはずだった。これまで、王家の子女が学園に入学した例はないが、二人のたっての希望だと聞いている。
父がそんなことを言っていた。父は何でも話が早いのだ。でも、割とみんな知っているのではないかな。
ただし、ハンナは完全に他人事だと思っていた。
王族なんてとんでもない。同じ学年だなんて、正直面倒くさい。
ハンナは手紙に目を戻した。何が書いてあるのだろう。
『そして、この私だが、フィリップ殿下のご学友として、身近にお仕えする栄誉を担うこととなった。素晴らしいことだと思っている。学力も優秀で、自分で言うのもなんだが、容姿も皆様からおほめ頂いている。多くの女子生徒から賞賛の声をいただき、少々困っている。いずれも取るに足りない地方の男爵家や子爵家の子女たちからの誘いなので、問題外である』
ジョージの成績は、確か、学年5位のハンナより悪いはず。というのは、いくら探しても、ジョージの名前は見つからなかったからだ。例の食堂に張られた二十位までの成績順位表のことである。
容姿に関しては、なんとも断じかねた。
この前、食堂で見かけたが、特に可もなく不可もなくと言う感じだった。これはハンナの感性が鈍いせいなのかもしれなかったが、隣にエリックと呼ばれていたキラキラした生徒がいたせいかもしれなかった。
あれきりエリックは見かけない。割と常識人だったので、ジョージと感性が合わなかったのかもしれない。
ジョージについて言えば、なかなかポジティブな人物だなあと思う。
この手紙の文面も、なかなかどうして傲慢ですよね。
『このような名誉は、万難を排してお受けし、フィリップ殿下の御覚えをよくしないとならない。宮廷における私の今後の影響力にもプラスに働くだろう。私は全身全霊を傾けてお仕えするつもりである。ついては、残念ながらハミルトン伯爵令嬢に割く時間は確保しかねることと思う。殿下の外交や社交に、陰になり日向になり、付き従って、適切なアドバイスを差し上げなくてはならない。責任は重大だ』
問題はその後だった。
『したがって、今後は多忙に付き、お目にかかる機会はあるまいと思われるが、悪しからず。国家からの要請だ』
ん?
多忙に付き、お目にかかる機会はあるまいと思われるが、悪しからず?
「なんですって。どういう文章よ、この手紙」
マチルダとリリアンは、こっそりハンナが持ち込んだジョージの手紙を読むと、目をらんらんと怒らせた。
「婚約者の風上にも置けない。なに? この威張り腐った文章!」
「高々侯爵家の嫡子の身分で!」
マチルダとリリアンは男爵家の令嬢なんだけど。まあ、本人たちは爵位がどうのなんか、全く気にしていないけど。
「これを言うなら、ハンナ、あなたも相当なものなのよ! 目立っているわよ」
リリアンは言い出した。
「今年は伯爵家以上の家の令嬢が少ないのですって。だからあなたが筆頭だと思う」
「うーん」
そんなこと言われても、ハンナは自分は地味だし、身分が高いなんて話にはあまり興味がない。両親もどうでもよさげだった。
「要するに、絶縁宣言よね」
「それに近い何かよね」
マチルダとリリアンは口々に言った。
「気にしなくていいわよ!」
「もっといい話見つけましょうよ!」
ハンナは、ちょっと友達の顔を見つめていたが、ふふふと笑い出してしまった。
「本当にそうね」
でも、友達っていいなとハンナは思った。
自分も思うところがあったが、マチルダとリリアンも、同じところに引っ掛かっていた。
「ご学友って、絶対忙しくないと思うわ。そりゃもちろん、特別に何かあれば用事を頼まれると思うけど、護衛も務まらないし、先生じゃないんだから学業を教えることだってできないわ。王子殿下が孤立したら付き添いなさいくらいの意味じゃない?」
「そうよね。でも、王子殿下というだけで大人気になると思うわ。ジョージなんか要らないんじゃない?」
ハンナにも、ご学友って、殿下がお気に入りの人を選ぶのではないのかとか、殿下の気に入られなかったらどうするんだろうとか、いろいろ疑問がわいたが、ジョージの手紙は、とにかく得意そうだった。ご学友に選ばれてとても嬉しそうだ。
余計なことは言わない方がいい。これはおめでとうございますなのか?
ハンナの頭の中を一瞬でいろいろな計算が走り抜けた。
もし王家の中で地位を占めたいなら、あるいは官吏として出世したいなら、王族とのご縁は大切にすべきものだ。
だが、今度入学する王子殿下は第二王子で、王太子殿下より八歳も離れている。王太子殿下もすでに結婚され、男のお子様がおられる。
王家の後継者問題は順調で、おそらく今度入学される王子殿下と王女殿下は、王家に大きな影響力を持たないのではないか。
『それは大変なお役目を』
返事を書かなくてはいけない。ちょっと悩んで、友達に相談してしまった。
もしハンナがご学友に選ばれたら……もちろんそんなことはないけれど、正直、やりたくないかも。
『おめでとうございます。お手紙の趣旨、承りました』
特に賛成も反対もない。聞いたと言うだけの返事。
ただし、ハンナはこのことを父に報告しておこうと心に決めた。
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