第3話 婚約しなくちゃいけない理由について 

同学年に侯爵家のご子息がそんなに大勢いるはずがない。

ジョージという名前はありふれているが、伯爵家の娘と婚約したジョージは、多分一人しかいないだろう。


その伯爵家の娘って、絶対、私のことね……


マチルダとリリンにも、男子生徒の会話は聞こえたらしい。


「ねえ。婚約者の令嬢は、挨拶に行かなきゃいけないものなのかしら?」


リリアンが眉をしかめながらこそこそ聞いた。


「逆だと思うわ。令息の方こそ、出向かなきゃいけないでしょうよ」


マチルダがキッパリと言った。


「まあ、私は高位貴族のしきたりについて詳しいわけじゃないけど」


どうか見つかりませんように! ハンナはそう祈った。器量が良くないと公衆の面前で言われたのは、特に嫌だった。


「いやー、挨拶に来いとか言うのは無理じゃないかな、ジョージ」


ハンナはこっそりそちらの方を眺めた。


背の高い、濃い金髪の男子生徒がジョージに向かってしゃべっていた。


「現実問題として、女生徒は先生がしっかり見張っている。何かあってはいけないからね。女性側からジョージに会いに来るなんて無理だと思うよ」


「当たり前じゃない」


それを聞いたマチルダがつぶやいた。


「そんな真似したらトンプソン先生になんて言われるかわからないわよ!」


「そうよねえ」


やっとハンナも声が出た。


背の高い金髪が、ジョージに向かって言うのが聞こえた。


「気に入らない婚約者なら親に相談してみたらいいんじゃないかな? 伯爵家からのお願いなんだったら、君の家なら断れるだろう」


ジョージの顔が目に入った。あんな顔をしていたんだ。そう言えばそうかもしれない。黒い癖毛で中肉中背のこれと言って特長のない顔立ちの生徒だ。隣の金髪の生徒の方がよほどかっこいい。


ジョージはというと、ちょっと驚いたような表情に見えた。婚約を断ると言う発想が意外だったらしい。


「いや、それは、ちょっと難しいんだ、エリック。親の方が熱心なので。僕の一存では決められない」


エリックと言われた金髪の生徒は、冷静に言った。


「大事なのは本人同士がどう思うかってことだと思うけど。結構、在学中に知り合って仲良くなって結婚する人も多いよ」


「ああ! よく聞くね!」


ジョージの声が明るくなった。

ハンナはそれを聞いて暗くなった。


「ところでジョージ、女子生徒と知り合いになるといえば、今度、ダンスパーティあるの知ってる?」


もう一人、一緒にいた生徒が話に割り込んだ。


「ダンスパーティ?」


ジョージとエリックは、もう一人の男子生徒を振り返った。


「実は内密なんだけど……」


相手の声が突然低くなり、ジョージと友達は身を寄せ合って内緒話を始めた。もう話し声は聞こえてこなくなった。



ハンナたちも聞き耳を立てるのをやめて、昼食を食べる作業に戻った。


「あの、あのね……」


ハンナは急に食べにくくなった昼食にてこずりながら、友達に告げた。


「あのジョージが私の婚約者なの」


「えっ?」


素っ頓狂な声をあげたのはリリアンだった。

彼女はあわてて口元を押えて周辺を確認した。


「え? なぜ、あなたのご両親はあんなのとの婚約を決めたの?」


ハンナは意気消沈した。確かにジョージのふるまいは褒めたものではない。

あんなのとか言われても仕方ない。


「うーん。多分、家同士の利害で決められたと思うの」


防護壁なんだろうか。質の悪い防護壁だな。


マチルダとリリアンは、妙に感心したようにハンナの顔を見た。


「家の都合で結婚なんて本当にあるのね」


彼女たちの家は、領地を持たない男爵家だった。二人ともあっけらかんと、私たち、最近になって叙爵された新興貴族なのよと言っていた。


「でもハンナ。事情を聞いておいた方がいいんじゃない? その家同士の利害ってことなんだけど」


マチルダが言った。マチルダはとてもしっかりした実際的な人物だった。


ハンナはあまり知りたい気持ちになれなかった。


婚約は白紙に戻せると父は言っていた。ジョージ様は私のことを好きではなさそうだわ。今の話を聞く限り、ハンナだってジョージに好感を持てなかった。


「でも、聞かなきゃダメよ」


マチルダが強く言った。


「そうよ、ハンナ。事情を聞いたうえで、学園でもっといい話を捕まえるのよ」


リリアンも鼻息荒く言った。


「いい話?」


思わずハンナは笑った。


「いい男ではなくて、いい条件ってことね?」


「だって、両親の都合で婚約したのなら、もっといい条件を持ってくれば、親を説得できるじゃない?」


なるほどとハンナは感心した。


「ところで、話は変わるけど、さっき、ダンスパーティとか言ってたわよね?」


リリアンが言い出した。


「チャンスじゃない? 学園のダンスパーティは社交の練習と位置付けられているから、会話をしたりダンスを踊ったりすることが推奨されているわ。食堂で、いろんな方とお話すると、必ずしも、いいように言われないことがあるけど、社交の勉強なら大丈夫よ。そんなことでもなければ、なかなか良いお話と知り合いになれないわよ」


その通りである。ハンナとマチルダはうなずいた。




授業が終わってから、ハンナは両親に手紙を書いた。聞いておかないといけない。


一番困るのは、結婚しなくてはならない理由がある場合だ。

ジョージも婚約をやめることについてはためらっていた。


ハンナは、領地がある貴族の娘だった。リリアンやマチルダのように身軽ではない。

父は大きな商会を営んでいたが、もとをただせばそれなりに歴史のある貴族の家柄。

しがらみは多い。


しばらくは手紙が来るたびにびくついていたが、ある日、両親からではなく、ジョージから手紙が来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る