第2話 婚約についての考え方(ハンナ編)
ハミルトン伯爵家の令嬢のハンナは、同い年のキャンベル侯爵家の嫡子のジョージと婚約を結んでいる。
父がいつもの軽い調子でハンナに言った。
「ハンナは今年から学園に行くよね」
もちろん行く。それは楽しみにしている。だって、王都なのだもの。ハンナは本が好きだった。王都なら新刊本もすぐ手に入るし、流行も最先端だ。お芝居もやっている。
「婚約者のジョージも入学するよ。学園で交流を深めることができる。王都のウチの家は、今、貸し出し中なんで、ハンナは寮に入ることになってるから」
王都に伯爵家のタウンハウスはしっかりある。だが、父は仕事で忙しくて王都に行く時はホテル住まいをしていた。幼い弟が二人いるので母は社交に時間をかけたくないと領地住まいなので、タウンハウスは無人だ。そして父は王都にある不動産を遊ばせるような人間ではない。絶賛貸し出し中である。
「家族がいないから、寮の方が安心だ」
父が言った。学園はその点なかなか厳格らしい。
「ジョージと会ってお話して、人となりを見て、合わなければ婚約を白紙に戻してもいいよね」
父、軽い。そんなに簡単に婚約を白紙に出来るのかしら。
「できるとも。この婚約は、キャンベル家からの申し出だしね」
艶のある栗色の髪と青い目のハンナは、父を見上げた。
「うっ。ハンナはかわいいな」
父の口癖が出た。
「ジョージなんて、断っちゃっていいから。こんなこと言うのはアレだけど、ハミルトン家の方がずっと大金持ちだから」
「ええと。それなら、どうして婚約することに?」
「侯爵家からのお願いをそこまで無下にできないのと、あと、まあ、侯爵領だね。王都に続く街道沿いにある。あれ、有効活用しないともったいないなあって、ずっと考えていたんだ」
他人の土地ではないでしょうか? ハンナの胸に素朴な疑問がわいた。それに、そんなものの為に婚約だなんて……。
「侯爵家は街道があるだけで結構なお金になるから満足しているみたいだけど、僕だったら放置しないな」
だが、父はハンナの表情を読んでか、サラッと言った。
「でも、そんなことで婚約を決めたわけじゃないよ? ハンナはとってもかわいいから、婚約者がいた方がいいかなって思ったんだ。いろいろ歯止めになるでしょ? キャンベル侯爵家との婚約なんか、いつでも白紙に戻せるんだから。気に入らなかったら言ってね」
無理に結婚しなくていいのに婚約者を決めるとか、どう言う意味? ハンナは困惑した。父はまたもや話を替えた。
「それはそうとして、王都での生活楽しんでね。あとでお母さまがウチと付き合いのある宝石店とかドレスメーカーのリストを送るから、全部、ツケで買い物できるから、好きに買い物していいよ」
あとから、母がやってきた。父と違って少し心配そうな顔をしている。
「ハンナ、あなたは引っ込み思案でおとなしいから少し心配よ。大丈夫かしら。何かあったらすぐ知らせてね」
「はい、お母さま」
「王都は楽しいわ。楽しんでらっしゃい。お友達がたくさんできるといいわね」
ハンナは読書が好きな地味な女の子だった。田舎なので、貴族の家同士は離れすぎていて、なかなか一緒に遊ぶ機会はない。
両親はそれが心配だったらしい。
「公爵家のご子息が婚約者ってだけで、無茶をする男は減ると思うんだ。ああ、娘って心配だなあ」
ハンナも自分の地味で前に出ない性格を不安だなあと思ってはいた。
だが、心配は全く要らなかった。
ハンナは自分では引っ込み思案だと思っていたが、あっという間にリリアンとマチルダという仲良しができて、一緒にしゃべったり勉強したり、すっかり学園生活になじむようになった。
その年に有力貴族の入学が少なかったのもよかった。強いて言えば公爵家のヒルダ嬢とか言う人が一年上にいるらしかったが、格上過ぎてご縁がない。気の強い格上貴族令嬢たちが大勢集まって、派閥闘争だの始められたら、気の弱いハンナなどはひとたまりもない。平和で本当によかった。
リリアンとマチルダは地方の裕福な男爵家の娘たちで、身の程をわきまえ、賢く振る舞える優等生だった。
めちゃくちゃ安心。
勉強も楽しいし、ハンナは学園ライフに大満足だった。
もちろん男子生徒も在学していて、特に食事は男女とも大食堂で一緒だったから、結構華やかに社交が繰り広げられているようだったが、ハンナは遠くから観察するのみだった。
そう言う人は特殊なのだと思っている。
たまーに、食堂で話しかけたそうにする男子生徒もいたが、リリアンとマチルダがいれば鉄壁だった。
彼女たちには婚約者がいると話してあるので、適当にあしらってくれるのだ。
「ハンナはとてもかわいいから、どうしても声がかかるわね」
リリアンとマチルダは優等生過ぎて、こういう時、本音を言ってくれないと思う。
「裕福な伯爵家の令嬢だとわかっているしね」
マチルダ嬢が現実的なことを言った。
世の中、伯爵家の令嬢はそこそこいるのだが、昔からの由緒正しい家になればなるほど、絵にかいたように貧乏だった。
「十二代前までバッチリさかのぼれて、なおかつ、国有数の商売人の伯爵って、ハンナのお父様しかいないと思うわ」
こうなってみて初めて、ハンナは、父の『婚約者がいる方がいいかなと思った』と言う言葉の意味を理解した。
要は持参金よね。
お金は大事。ハンナには弟がいたから、婿を取って跡を継ぐなどと言うことはないが、実家は裕福だったから、ハンナが嫁げばその家はお金で悩むことはなくなるだろう。貴族だからって金持ちとは限らない。いろんな家のご子弟が近づいてくるかもしれない。
さすがはお父様。完璧な防護壁。
「でも、どうしてその人は、ハンナのところへ話しかけてこないの?」
リリアンは派手な金髪を振り立てながら不思議がった。
「私は相手の顔がわからないのよ。多分向こうもわからないと思うわ」
「ふーん?」
二人とも、とても不思議そうな様子だった。
「さすが高位貴族は違うのね。今から、婚約者だなんてうちでは考えられないわ! しかも全く知らない方が婚約者だなんて」
ただの防護壁なんですとは説明しにくい。
「でも、本当によく知らない人なのよ。だから学園内では誰が婚約者なのか言わないで。相手がどう思っているのか、私にもよくわからないのよ」
「でも、他にいいご縁があるかも知れないのに、私たちが追っ払ってしまったら?」
そんなに縁の薄い婚約者なら、もっと良い縁があるのでは?
リリアンとマチルダは素朴に疑問に思ったが、ハンナにそれ以上何も聞かなかった。
ジョージは侯爵家の嫡男なのだ。
身分的に言えば、これ以上の物件は在学していない。
「あなた方は頑張って」
ハンナは笑いながら言った。見ているだけなら楽しそう。
「うーん、そうねえ。まあ、せいぜい頑張るわ」
しかし、三人は別の方向で頑張ってしまった。
最初の試験は学力テストみたいなものだった。だが、ご丁寧に食堂の壁には成績優秀者が貼り出されていた。
昼食のために食堂へ入ったハンナたちは、目を疑った。
すごい。
自分の名前が五番目くらいに載っていた。
「ハンナ、凄すぎ!」
金髪のリリアンが喜んで囁いた。
「すごいわ、ハンナ。女子生徒の中ではトップよ!」
マチルダも嬉しそうだ。
「でも、リリアンとマチルダも二十位以内じゃない!」
三人が食堂でそんな話をしている時、ハンナの耳が、少し離れたところの男子生徒たちの会話をとらえた。
「さすが侯爵家ともなると違うな! もう婚約者がいるのか、ジョージ!」
ん?
取り囲まれている若い貴族は、傲然と胸を張った。
「仕方ないさ。向こうからのたってのお願いなんだから」
「ええ? でも、相手も伯爵家の令嬢なんだろう?」
「実のところ、どんな令嬢なのか、よく知らないんだ。親が勝手に決めたんでね」
さすがは侯爵家だな! とか、顔くらい見ておいた方がいいんじゃないかとか、取り巻き連中が意見を言っていた。
「あまりアピールしてこないところを見ると、そう美人じゃないと思うんだ。おとなしい令嬢だとは聞いている」
「大人しいのは、いいじゃないか」
「でも、婚約者を大事にしないのは問題だと思うね。僕の婚約者は、まだ挨拶にも来ないんだよ」
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