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 もう僕の住んでいたアパートは取り壊されていたようだった。

 もともと僕が住んでた時には少々ガタが来ていたので当然といえば当然かもしれないがなんだか寂しいものがある。

 大学時代の四年間。

 一番多くの場所を過ごしたのがあの部屋だったのだ。

 魔法使いとビールを飲んだり、朝食を食べたり、おでんを食べたり――。

 夏休みを一緒に過ごし、休日を一緒に過ごし、お正月を一緒に過ごし、クリスマスを一緒に過ごした。

 なんだかその時の思い出までもが壊されてしまったような気もする。

 あのボロアパートの代わりには全国チェーンのワンルームマンションが建っていた。

 部屋数もあのアパートの何倍もあり、セキュリティなんて比べものにならないほど頑丈そうだ。

今の学生はこんないい部屋に住んでるのか。

『そう? なんだかみんな同じでまるでおもちゃの部屋みたい』

 僕と美凪は年は離れていてもこういう感性は似たものを持っているらしい。

 それがわかっただけでも来てよかったかもしれない。

 僕らはワンルームマンションの周りをブラブラと歩いてみる。

 すると寂れた商店街に行き当たった。

 魔法使いの彼女と初めて過ごした夏の日のことが頭の中でよみがえってくるようだ。

 あのときも十分寂れていたが今では営業している店のほうが少ない。シャッター商店街になってしまっていた。

 今でもあの商店街祭りはやっているのだろうか。

 店に入って聞いてみようかと思ったが、聞くだけ野暮な気がして僕らは素通りした。

 おでんを買いにいったコンビニは携帯ショップに――、激安のスーパーは潰れて建物だけが残っていた。

 本当にここは僕らがすごした場所なのだろうか。

 本当は別の場所にあの時と同じようにそっくりそのまま残っているんじゃないか。

 そう思うとなんだか無性に寂しくなってしまう。


 僕らは魔法使いのアパートへ行ってみることにした。

 僕の住んでいたアパートよりは新しかったらもしかしたらまだ建物自体はあるかもしれない。

 あの桜並木は未だに健在でふんわりとした薄紅色の花びらが優しく地面に舞い降りていく、まさにあのときと同じ光景だった。

『ねえ、あれ』

うん、綺麗だな。

『そうじゃなくて!』

 少し怒ったような仕草をして美凪は桜の木を指さす。

 桜の木の枝に白くて丸いものが見える。

 まさかな……と僕が黙って見上げていると美凪は桜の木に近づいていった。

 するとその鏡餅のような丸っこい体をしたやつはするりと桜の木を降りると美凪の足に体をこすりつけてきた。

相変わらず人なつっこいんだな。

『これってその時の白猫?』

 まさか。もう二十年近くも前の話だ。

 もしもまだ生きていたらそれこそ化け猫と呼んでいい。

『ひどいよねー。化け猫なんて』

 美凪は白猫の体を優しくなでる。

 これも以前見た光景とばっちり重なる。

『ねえ。結局その魔法使いさんはどうしたの。今何してるの』

うん、その魔法使いはね――。

 やはりすっと言ってしまうのは抵抗があった。

 しかしあまり間を開けるのも美凪に変に思われるかと思った。


死んだよ。魔法使いは――死んだんだ。


 僕がそう言ってからも美凪は表情一つ変えずに白猫を優しくなで続ける。

『魔法じゃどうにもならなかったんだね』

うん、だけどね。その魔法使いは死ぬ前に魔法を使って大きな宝物を僕にくれたんだ。

『宝物って?』

 美凪が手をとめて僕の目を見つめる。

 それにしてもこんなに似なくったっていいんじゃないかな、なんてことをいつも僕は思っている。


大きな宝物――それは君だよ。


 美凪の頭にぽんと手を乗せる。

 桜の花びらが白猫の鼻にふわりと乗っかった。

 くしゅっとくしゃみをした白猫が可笑しかったのか、彼女は優しい笑みを浮かべていた。

 彼女――高峰美凪の右頬にはぷっくりと小さな笑窪が浮かんでいた。

 白猫とじゃれ合う彼女はあのときの魔法使い――、彼女の母親そのものなのであった。

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