5
「はい、できたよ」
……。
「どうしたの。そんな黙っちゃって。家が燃えた?」
別に家が燃えてるから黙ってるわけじゃない。というより家が燃えていたら黙ってるどころの騒ぎではない。
問題は今、目の前に置かれている千里さんお手製の味噌汁にあるのだ。
「意外と簡単なのね。味噌汁って」
得意げに胸を張る千里さん。
えっと、とりあえず、あ……ありのまま今起こった事を話すぜ。
千里さんは材料をお椀に入れるだけいれてお湯を注いだんだ。
な……何を言ってるのかわからないと思うが、僕も目の前で何が起こっているかわからなかったのだ。
と、ここで千里さん流味噌汁の作り方を振り返ってみよう。
スプーン山盛り一杯味噌を器に入れたと思ったら、豆腐を切らずに投入、そして山のように増えるわかめを盛ったと思ったら、そこに煮干しをばらまき、ポットでお湯を注ぐ。これでおしまい。ザッツオール。
このような作り方をすると……決して人には見せられないであろう一品ができあがるのです。ご家族からうめき声が聞こえること間違いなしです。ぜひおためしあれ!
「それにしてもなんで店員さんは、鍋とコンロはご用意されてますか? って聞いてきたのだろうね。あれですかね? ぶぶ漬けいかがどすか? 的な隠語か何かですかね」
京都から怒られればいい。京都全土から。
店員さんもまったく調理器具を使わずに味噌汁を作るとは思うまい。というかその店員さんにはこんな結果を見せられないな。悲しみに埋もれて寝込んでしまうことうけあいである。
えっとさ。千里さん? 千里さんはこのできあがった味噌汁、というか味噌汁らしき何かを見て何とも思わないのかい?
「んにゃ?」
どういうこと? と言わんばかりに千里さんは首をかしげて見せた。どう見てもこれは自分の作ったものに対して何も疑問を抱いていない様子。
「んじゃあ、めしあがれ」
いや、僕はいい。
「どうして? そうか! さてはダイエット中なんだな? いい? 成長期のダイエットは体に悪いだけではなくてホルモンバランスもうんぬんかんぬん」
最後自分でうやむやにするくらいなら余計なこと言わなければいいのに!
いや、ダイエットじゃなくて――、そうそう、歯医者に行ってきたばかりなんだよ。実は。
「私は朝からこの部屋にいたのですが。いつの間に歯医者へ?」
まあ、そんなことはいいとして。千里さんから食べなよ。できたてを味見できるのは料理人の特権だよ。
「……そう?」
そうだとも! 山岡士郎もクッキングパパもみんな言ってるぞ? 特権だって。
「山岡士郎が言うなら間違いないね」
どうぞどうぞ。なんでそこまで山岡士郎の言う事は聞くのかわからないけど。
「ん、じゃあいただきます! えへへ、ごめんね。先にいただいちゃって」
いたずらな笑顔を浮かべているようなのであるが、僕にとってはそれが天使のほほえみにさえ見える。いやあ、残念だなあ。食べられなくて。
「いや、このあと君も食べるんだからね」
わかったからー。ほら。ずずいっと。
「でわ」
千里さんは切られていないでろんでろん状態のわかめを箸でつまむとゆっくりと口元へと運ぶ。そしてはむっとわかめに噛みつく――。
あ……やっぱり。千里さんの顔はだんだん青ざめていく。
それからというものその味噌汁らしきものは二度と千里さんの口に運ばれることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます