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 千里さんは僕の部屋でパソコンとにらめっこしている。

 だけどそれは決してインターネットで。バレンタイン必勝法、という類のページを見ているわけではない。遅ればせながら、今年の流行はヘルシーで甘くない大人のチョコレート、なんて情報をチェックしているわけでもない。

「う……ん」

ねえ、千里さん。

「う…………ん」

ねえってば。

「う………………ん。あ!」

そんなにやったら目悪くする――。

「やった! 見て、見て! ついにやったよ!」

 モニターに移っているのは緑の画面上にトランプが四つ並び、そしてカードの束が画面上を上下している。

千里さん。ソリティアばっかりやりすぎ!

 これが悲しいかな二月一四日の僕と魔法使いの現実である。

「いやあ、長かった。何回、最初からやり直そうと思ったことかー」

 女子というものはみんなバレンタインというイベントには敏感なものだと思っていた。

 しかしどうやらそれは僕の勘違いのようだ。

 なにせこの魔法使いさんは僕の部屋に来てからと言うもの一心不乱にソリティアに打ち込んでいるのである。

 思わずカレンダーを見直してしまう。けどどう考えても今日は二月一四日なのである。

「新記録だよ。新記録! これはスクリーンショットしてとっておかないとね」

 ちなみに彼女が使っているパソコンは僕の者――ではなく、千里さんの自前のマシンなのである。

 時には僕の部屋の回線を無断で拝借しネットサーフィンに勤しみ、時には大学図書館で貸し出しているDVDや近所のレンタルDVDショップから借りてきたものを再生し、勝手に一人鑑賞会をしていたりと、まあ理想のパソコンライフを送っているのである。ここが部屋の持ち主が僕であることをつい忘れてしまいそうになる。

 まあ、それにしてもバレンタインデーの当日にソリティアなんかしなくてもよかろうに――。

ねえ、千里さん。今日何日か知ってる?

「ふぇ?」

 何でそんなこと聞くの? と今にでも言い出しそうな顔で僕をみつめる千里さん。

 あまりにソリティアの集中していたせいだろうが、愛用の銀縁メガネがずれて、彼女のぱっちりとした二重が露わになっている。

 彼女のこんな姿を見ることができるのは僕だけなんだろうな、と思うとなんだか嬉しくなって顔がにやけてしまいそうなんだがここは我慢する。

「むうー。私のソリティアより今日の日付に興味があるっていうの? ゆとり教育の弊害?」

 千里さんのソリティアに興味がないことは確かだが、国の教育のせいにするのはどうなんだろう。あと同い年なんだから同じような教育受けてるだろ!

「えっと、今日はね。月曜日だから」

 千里さんはパソコン横のカレンダーをチェックしている。もちろんそのカレンダーは僕のものである。

 この様子を見るに本当に今日がバレンタインであることを本人は気づいてないようだ。まあ、大学生の春休みなんて日付と曜日に左右されない自由な期間だからしょうがないといえばしょうがない。

「あ!」

 僕と千里さんは顔を見合わせる。

「そうだ。今日は、二月一四日じゃん!」

 どうやらやっと気づいたらしい。

「ねえねえ。聞いて! 今日はね」

うんうん。


「煮干しの日なんだよ!」


 バレンタインデーなんて概念はもうこの世から消えてしまったんだろうか。

 そんなことを思いながら僕はただただ立ち尽くしていた。


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