4
千里さんは鞄から筆ペンと白紙のルーズリーフをとりだしてテーブルの上に置いた。
これ、何?
「書き初め! のつもり。正月らしいでしょ」
たしかに正月らしくはある。だけど少し安っぽい気はするけど。
「だって半紙に筆で書くとめんどくさいじゃない。君もめんどくさいと思うでしょ?」
思うでしょ、と言われても。
「とにかくこれでいいの。書けたら壁に貼っていきます」
壁ってどこの?
「この部屋の壁に決まってるでしょうよ」
決まってるでしょうよ、じゃないでしょうよ。一応、この部屋は賃貸なんですが。
「大家が怖くて正月が迎えられるかー! 怖いのはまんじゅうだけで十分だよ! ああ、ここらで一杯お茶が怖い!」
勢いに任せて適当なこと言ったってだめなものはだめなの!
結局、部屋にあったセロハンテープを使って弱めに壁に貼り付ける、ということでなんとか話がついた僕らは『なんちゃって書き初め』を開始することにした。
「それじゃあ、始めるざますよ。いくでがんす。ふんがー」
まともに始めなさいよ!
「そんな怒らなくたっていいじゃないかー」
またまた頬を膨らませながらもすらすらとペンを走らせる千里さんはすごく楽しそうだった。あまりに楽しそうだったので僕はペンも持たずに黙って彼女をただ見つめていた。
「できた!」
千里さんはルーズリーフを自慢げに僕に見せて読み上げる。
「課長さん ネクタイとっても お似合いね」
それ書き初めじゃないし! サラリーマン川柳だし!
サラリーマン川柳にもなってない気がするけど、そこにいちいちつっこんでいたら僕の身が持たない。
「いいのだよ! 新年に一番初めに書くから『書き初め』なんだよ!」
よくないよ。せめて目標とか抱負とかそういうものを書きなさい。
「もう、うるさいなー。じゃあ次! はんぺんを お腹いっぱい たべたいな」
食べてたじゃん! もう叶ったじゃん。そうそうリセットされたら財政的にもこっちはたまたものじゃないね!
「今年こそ 清く正しく 美しく なんて、ことはしょせん理想でしかないのだけれど」
最後の一言なんで書いた? っていうかさっきから書き初めっていうより俳句になってるよ。――いや俳句にもなってないけど。
「だって目標とか抱負とか急に言われてもわからないよ」
それでよく書き初めやるとか言い出したね。その英断に脱帽だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます