3
魔法使いの夢を叶えることは僕にできないことはなかった。というより非常に叶えやすい夢であると言える。
だって、おでんを買うだけなのだから。彼女が好きな具を好きなだけ――。
しかも今はコンビニエンスストアという二十四時間の便利なおでん屋さんが存在する。
――そんな流れで二人でコンビニに行ってきておでんを買ってきたわけなのだ。
コンビニおでん特有の発泡スチロールの容器に所狭しと丸い形のはんぺんがところ狭しと並んでいる。
はんぺんって三角形のものだと思っていたら最近のおでんは丸い形が主流らしい。
「そんなことも知らなかったの? 引きこもっているばかりいないで、もうちょっと世間に目を向けなさい!」
全くもってその通りなので何も言い返すことはできない。
とりあえず前向きに検討します。
「何、その政治家みたいなこと言っちゃってさ。けっ。えらくなりやがって」
別に偉くなってはいないとは思うのだけど。魔法使い界では政治家っぽいことを言うと地位まで偉くなってしまうものなのだろうか。
けど、やっぱりさ。これはおでんには見えないのだけど。
「言ったでしょ? お腹いっぱいはんぺんをたべるのが夢だって」
だからって全部はんぺんにしなくたって。
コンビニで「はんぺん六個! 以上で!」と彼女が言った時の僕の驚きといったらなかった。といよりも、それ以上におでんの容器を持ったコンビニのバイトの人は僕以上に驚いていただろう。思わず聞き返していたぐらいだし――。
最寄りのコンビニだから重宝していたのだけどちょっとだけ行きにくくなってしまった。
「夢というのは叶えるためにあるもんなんです。そのためには妥協を一切許さない、そんな心意気が必要なんだよ。わかるかい。ヤング達?」
長々とよくわからないことを言うんじゃありません。
「まあいいや。そんじゃあ、いっただきマンモース!」
今時だれも言わないような「いただきます」の挨拶をする魔法使い、いるんだ。この平成の世の中にその「いただきます」を使う人――。ヤング達の間でバカウケなのであろうか?
「あ、これちなみにこれ原始時代に人間がマンモスを食べるときに言って言葉だってことだけは覚えて帰ってください」
おそらくだけど、それは違う。きっと。
魔法使いは、はんぺんを箸でつまむとそのままがぶりとかぶりついた。
おでんの湯気で彼女の眼鏡が真っ白になる。
眼鏡にワイパーがついてればいいのになーとこういうときに思う。そうすれば常に曇らずに綺麗なままレンズを使えるというわけだ。
誰か発明してくれないだろうか。眼鏡が重くなってしまうことはうけあいだが――。
だけど、そうしたら千里さんの眼鏡が曇ったところを見られなくなってしまう。それはそれで少し嫌だなって思う。
千里さんの眼鏡が曇ったところも大好きだった。
彼女の眼鏡をそっととってやる。
そしてそっと彼女の唇に口づけをした。
「いただきますって言ってんのに。何やってんの」
いや――なんだか熱そうだからさ。食べるの邪魔して冷ましてやろうと思って。
「それ親切なんだか、いじわるなんだかわからないね」
うん僕もわからない。
僕はもう一回彼女に唇を押しつけた。
「あひぃい」
この魔法使いはどうやら熱いと言っているらしい。
目にはうっすらと涙が浮かんでいる。僕のキスで邪魔したはずなのに。
やっぱりおでんは熱いらしい。コンビニのおでんの容器を開発した人はすごいなって思う。
なんだか、あつあつおでん芸をやっているように見える。
「――押すなよ? 絶対に押すなよ?」
何? 顔をおでんに押しつけて欲しいの?
「いや、それは困る」
まあ、そうだろうなと思いました。こっちはプロの芸人さんではないのだし。
で、どう?
「む?」
はんぺんを加えながら彼女は首を横にかしげた。その無垢な動作が普段大人らしくみせている彼女を幼く見せた。
「どうって何が?」
味を聞いているんでしょうよ。他になにがあるっていうの。
「俺ってどうよ? みたいな」
そんな漠然としていて、なおかつふざけた質問はしないと思う。
ねえ、ようやく千里さんの夢が叶ったんだよ。長年の。どうなの。
「うーんとね。味気ない」
だろうね。なんかものすごく想定内のお答え。がっかりだよ。
「味気ない上に正月らしさが全く見当たらない」
まだこの魔法使いは「正月らしさ」を求めているらしい。
いっそのこと「正月らしさ評論家」にでもなってしまえばいいと思う。そんな職業があるかはわからないが。そしてそんな仕事でご飯が食べられるかはわからないが。
「じゃあ今年の目標を決めようか」
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