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「ねえ、起きて。ねえねえ」

 魔法使いの声で目が覚めた。時計はもう午後の二時を回っている。眠ったのがたしか十一時くらいだから、もうなんだかんだで三時間ほど眠っていたことになる。

「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!」

 何回「ねえ」を言えば気が済むんだろうかこの魔法使いは。

わかった、わかった起きましたー。おはようございます!

「じゃあ、ここは?」

 そういって彼女は自分の下の方を指さす。

ひじ――だけど?

「せいかいっ!」

 いつの間にか『十回クイズ』が始まっていたらしい。

 だけど普通「ねえ」と「ひじ」は間違えないから。

 そこは「ピザ」と「ヒジ」だから。

 ――とツッコミどころはそこだけじゃない。彼女が僕を起こした、という点についてだ。

 この魔法使いこと高峰千里さんの得意技は「昼寝」なのである。

 あの国民的青ダヌキアニメの黄色いシャツに眼鏡の少年も特技が「昼寝」らしいが、それに匹敵するぐらいの「昼寝」のテクニックを彼女は持っている――と僕は勝手に思っている。

 とにかく、人よりも長く、そして人よりも気持ちよさそうに昼寝をすることに関しては天才的であると言える。

 そんな彼女が僕を起こしているのである。雪でも降るかと思った。嵐が来るかと思った。いや、空から槍が降ってくるかもしれないと思った、

 そのくらい珍しいことなのだ。

どうしたのさ。僕よりも早く起きるなんて。

 すると千里さんはぴょんっと僕の上に飛び乗る。


「結婚するよ!」


 一瞬僕の脳みそがフリーズしたかと思った。何も考えられなくなって、ただただ僕に飛び乗っている魔法使いを見るしかなかったのだ。

「あのね。私は夢の中で君に言われたの。『ねえ、結婚する?』って」

ほえ?

「うん、だから君に答えなきゃって。結婚するよ!」

 ……。なんだかよくわからないので僕はまた横になることにした。

「なーんで寝るかなー。この三年寝太郎!」

 この二十一世紀の世の中に人に向かって「三年寝太郎」って言う人がいるのか――と僕は若干感動さえ覚えた。

「君が聞いたんでしょ。夢の中でー」

だからそれは僕じゃないんだって夢の中の話なんだろ?

「でも君は君だもん」

 ねえねえねえねえ、と魔法使いは僕の体を揺する。

 どうやら彼女が寝息を立ている時に話しかけたことを夢の中の出来事と勘違いしているようである。

 まるで「夢だけど夢じゃなかった」状態である。

 僕は実際に彼女に話しかけていたことは黙っていた。なんだか無償に恥ずかしかったから。ただそれだけのこと。

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