ありったけの想いをのせて。

弥生 菜未

ありったけの想いをのせて。

 これは未来への手紙です。未来の私に向けて、今の思いを綴ります。

 どうか、忘れた頃に読んでください。「なんだこれは」とか「なんて書いたっけ?」とか言いながらこの手紙を開いて、赤裸々な感情に羞恥を覚えて、思い切り破ってしまってください。

 私は私の想いのすべてを、ここに記します。


 今は2025年4月30日です。この手紙を今日書き始めた理由は特にありません。

 唐突に書きたくなった。ただそれだけです。

 けれど、ここからの内容は今に始まったことではなく、ちょうど一年くらい前から築き始め、ここ一ヶ月あたりに気付いたものです。

 私は今、悩んでいます。その答えを未来の私に求めているのではなく、悩んだ末にどのような結果を得たのか応えてほしい。


 *


 恋をしました。

 彼は同じ学校の同級生です。名前はA君としましょう。(間違って他の人にこの手紙を読まれてしまっても、個人が特定されないように)

 “A君”だけで思い出して欲しいものですが、忘れてしまった時のために、私から見たA君を書いておきます。――――というか、書きたいので書きます。


 A君は優しい人です。そんな人どこにでもいるだろうけど、彼は特別優しいのです。私に対して、ということではありません。だから自惚れでは決してありません。

 きっと彼は、自分にも優しいのでしょう。だから抜けているところがあって、時々心配になります。

 でも、誰かが困っているときには助けてくれる。よく思われたいだとか、自分の手柄にしたいだとか、打算や損得を口にせず、当たり前のように――――――――あ、やっぱり少しだけ訂正しておきましょう。これでは彼を美化しすぎています。私はなにも神に恋したわけではありません。完璧ではない彼に人間性を感じて、安心を知りました。


 何か頼み事をした時、仕方なさそうに引き受けてくれますよ、彼は。

 だから和やかな空気が生まれるのでしょう。


 お箸を忘れた友達のために、わざわざコンビニで貰ってきたり。

 グループワークの発表資料を渋々ながらも作ってくれたり。

 週番の仕事を率先してやってくれたり。

 私の至らないところをさり気なく補ってくれたり。

 私のくだらなく長々とした話に付き合ってくれたり。


 そんな彼が、私は好きです。


 でも現実というのは動的で、不規則で、不確実です。“ずっとこのまま”なんてことはないし、些細なことをきっかけに嫌われることもあるでしょう。マニュアルなんてない。1秒先の未来だって、私たちは知らないまま生きていきます。

 恋愛となれば尚更です。

 覚えていますか? 恋心というものは3年ほどしか持たないと。

 告白して付き合うことになったとして、その先にあるのは別れか結婚か。

 告白して断られたら、これまで築き上げてきた関係は維持できるのか。

 すべてが順調にいき入籍したとして、共同生活は成り立つのか。

 今、そうした不安で私は動き出せずにいます。友達に相談したり何日も時間をかけて考えたりすれど、答えは見つかりません。

 彼のことを考えると夜も眠れません。妙にそわそわして目が覚めてしまいます。

 つい最近まで結婚願望はないと言っていました。しかしそれももう、分かりません。受け入れられるかはさておき、私は彼とどのような関係になりたいのか、自分でも分からないのです。年度が変わって、クラスも変わって、そうして思い知る寂しさ。私は単にこの寂しさを、想いを告げることで埋めたいだけなのでしょうか。


 オンとオフの切替が激しくて、家での私を知ったら彼は幻滅するかもしれない。

 私は彼ほどの優しさを持っていないし、薄情な一面も見られているかもしれない。

 細かい事が気になって直ぐに口に出してしまうから、鬱陶しいと思われているかもしれない。


 そうして彼に嫌われていたとしても、どうしようもなく彼が好き。


 制御できない恋心には困ったものです。

 そんな私も受け入れてほしいなんて言ったら、我儘でしょうか?


 彼との関係については、いくら考えようと答えが出るような気がしません。でもひとつ、確かなことがあるとするなら、私は叫び出したいほどの想いを抱えている。

 彼に伝わってほしい。知ってほしい。あわよくば受け入れてほしい。

 でも、受け入れられなかったら――――――――――怖い、苦しい。

 だから、葛藤している。


 欲望に満ちた心中の獣。私はやっとの思いで、その手綱を握っているのです。


 *


 せっかく“A君”と仮称をつけたのに、結局ほとんど使いませんでしたね。

 でも伝わればいいです。これでも思い出せないとするなら、私にとって彼はその程度の存在だったのでしょう。

 ただ今の私にとってかけがえのない存在であることに変わりありません。未来で何があろうと、私が彼の新しい一面を知ろうと、心の底から好きだと言えるこの感情を、なかったことにはしないでください。


 最後にもう一度。

 私はどのような選択をしたのでしょうか?

 ただ切実に、双方の幸せを祈ります。


 未来の私へ、今の私より。

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