第四章16 闇の代表取締役ノア(まさかノアが)

 地下都市からトリオール邸まで帰って来たロズリーヌは、重い石を背負っているかのような疲れを感じて自室のベッドに倒れ込んだ。マルティーニが「お手入れをするまで寝ないでくださいね!」と釘を刺して走り去っていく音が遠くで聞こえているような気がする。


(まさか……ノアが殿下だったなんて)


 闇の代表取締役と己を称した裏の番人が地下に都市を創った顔役であり、果ては帝国の第三皇子ティモシー・ド・レピュセーズだったなんて、一体全体誰が予想できるものか。


 そしてノアがティモシーだったということは、今までずっと、まんまと掌の上で踊らされていたということで。彼を相手取ったときはいつもそうだが、あまりにころころ転がされすぎて、ロズリーヌは呆気にとられるしかなくなるのだった。


 とはいえここで諦めるロズリーヌではない。無策で突撃しても進展はないので、今一度、それも早急に対策を練り直さなければならないのだが。


「どうやって彼から一本取れば良いのだ?」


 隙のない彼の隙を突く策が容易に思いつくわけがないのだった。


 ロズリーヌがベッドに転がってあれやこれやと考えていると、マルティーニが化粧を落とすための道具や基礎化粧品を持って現れた。


「……殿下から宝石ドロボウの情報をもらうにはどうしたらいいと思う?」


 手際よく化粧を落とし、顔の汚れを落として基礎化粧品をまぶしてくれるマルティーニに意見を聞いてみると。


「ロズアトリス様がお願いすれば嬉々として話しますよ、絶対」


 参考になるような、ならないようなことを返されて、ロズリーヌは困った。


「ロズアトリスがノアに会うのはおかしいだろう。ノアが殿下だと知らないロズアトリスが殿下にお願いするのもおかしい。……そもそも、ロズアトリスとティモシー殿下の婚約は解消され、二人にはもう接点などないのだから、ロズアトリスが殿下に会う理由がない」


 言っていて何故だかちょっと胸が痛んで、ロズリーヌはそこで言葉を切った。マルティーニは「そうですかねぇ。ローズ様がそうおっしゃるならいいんですけどぉ」と前置きして続けた。


「会いたいなら会えば良いんですよ」


「しかし、私と会っても殿下には何の見返りもないだろう」


「そういうことなら、見返りを用意してみてはどうです?」


「見返りを用意する……?」


 真剣な表情で考え始めるロズリーヌ。マルティーニは真面目なロズリーヌが真摯に愛や恋のあれそれに向き合っているのかと思い、微笑んだ。


「例えばちょっとしたプレゼントとか、日頃の感謝を伝えるとか……」


「見返り……新しい利益……それだ!」


 突然立ち上がったロズリーヌに、マルティーニはきょとんとした顔で首を傾げた。


「至急、殿下――ノアに手紙を送る! 届けてくれるかマルティーニ!」


 マルティーニは数回目を瞬かせてから、「かしこまりました!」と背筋を伸ばした。

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