10. 埋め合わせ
ずっとこうするつもりだった。ルティにはこの世界に無縁でいて欲しかった。だから彼のもとから離れることを選んだのだ。ただ、少し遅すぎたのは事実だった
。その事実を見ないふりして仕事に励んだ。
「オーナー。お呼びですか。」
「入れ。」
俺は忘れようとした。ルーグは毎日のように俺の腕の中で眠った。
俺はずっと、人殺しになったような気がしていた。
「お前はどう思う?」
「え?」
「……いや、なんでもねえ。」
俺は起き上がると煙草を取り出して火をつけた。煙が肺を満たすと頭がクリアになるのを感じた。
結局おんなじだ。俺の心の欠如はオーナーと同じようなものだ。結局呪いをかけている。
「オーナー……また考え事ですか?」
ベッドの中のルーグが心配そうに言った。
休日になってもあの街には行かなくなった。異常に暇なのを仕事で埋め合わせた。しかし心の穴は埋め合わせられなかった。だんだん煙草の消費量が増えていた。
ある日仕事をしていると世話係に呼ばれた。クレームだ。その太った客は、従業員に噛まれたと言った。俺はひたすら頭を下げた。
延々と説教を垂れたあと、客は帰っていった。俺は煙草を吸った。
「あの、」
振り返るとルーグが衣装のままそこに立っていた。すぐに彼が噛んだとわかった。
「すみませんでした。」
「……もういいよ。」
俺はそのまま部屋に戻った。ルーグの顔を見ることができなかった。
「あ、あの、オーナー……」
ルーグの声が聞こえたが、俺は無視した。
「オーナー、ごめんなさい。僕、わざとじゃないんです!」
「うるせぇな、黙ってろ!」
つい声を荒らげてしまった。ルーグの姿は見なかったが、彼は黙っていた。
「しばらく来るな。」
俺はため息と煙を吐いて部屋に戻った。
「ぼく、大丈夫?」
目を開けると大きな部屋だった。天井が高い。
「どこ?」
「ええとね、うーん、なんていえばいいか」
「ラ・ビアンだ。俺の店だ。」
年増な方の男は言った。俺は自分が逃げてこの二人にここまで連れられてきたと理解した。
「助けてくれてありがとうございます。」
「いえいえ。にしてもひどい状態だったよ。どうしたの。」
若い男が俺の足の怪我を消毒しながら聞いた。俺は本当の事を言った。鉱山で働かされていたこと。その大人たちから逃げ出した先で力尽きて倒れたこと。しかし放火のことは言わなかった。幸い、煤だらけだったのは雨に流されていた。
俺の話を聞くと若い男は気の毒そうな顔をしたが、年増な方は全く顔色を変えなかった。それは鉱山の大人たちに似ていた。
「しばらくここにいろ。」
男はそう言うとどこかに行ってしまった。俺は若い男と顔を見合わせた。
自室に戻り書類作成を一通り仕上げた頃、煙草のストックがないことに気がついた。もう6時過ぎだった。外は雨だった。
あの玄関を抜けて傘を指す。オーナーから貰ったものだった。いっそのこと折れてしまえばいいのにと思いながら、やけに頑丈でここまで4年間耐えてきた頑固な傘だ。俺は一番近いタバコ屋に行って煙草を2カートン買った。
その夜はルーグは来なかった。
次の日。いつもより早く目が覚めた。俺はまだ寝ている奴らを起こさないようにそっと食堂に向かった。そしてコーヒーを入れた。俺はあまりコーヒーが好きではなかった。それでもたまに飲みたくなるのだ。そして飲んでから後悔する。ただ煙草然り、身体に害になるものを取り込む癖があるのかもしれない。俺は自分の心の空虚であることを知っていた。しかし知らないふりをしていた。それが自分をさらに空虚にした。
その日もルーグは来なかった。
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