9. 選択

ある休日。冬の日。俺は仕事を終わらせると久しぶりにあの町に出かけた。駅を出てすぐに彼が来た。この頃には、次に合うための待ち合わせをしていたのだ。

「なんでアケルは王都からわざわざこんなとこまで来てたの?」

「ああ、仕事で用があってな。」

「へえ。」

俺は自分のことを極力話さなかった。彼の心の3割を占めたくなかった。 ただ、俺は誤算をしていた。すでに引くには遅すぎたのだ。

 俺達はあてもなく町を歩いた。だいぶ外れの方まで来たとき、気づけば夜になっていた。

「じゃあ、そろそろ。」

そう言って帰ろうとしたとき。

東の空に煌々とした赤を見た。

「火事?」

「え?」

ルティも同じ方向を見た。

何故か俺はその方へ歩きだしていた。そこは案外近かった。すでに野次馬たちが集まり、あたりは騒然としていた。

「放して!まだリディアがあの中にいるの!死んじゃう!!」

女が叫んでいた。半狂乱で火の方へ行こうとする彼女を、数人の男たちが止めている。


 俺はあの日を思い出した。

ずっと忘れようとしていた。12歳の冬だ。

物心ついたときにはすでにあの鉱山で働いていた。1日に食事は二回。パンと水だけ。ともに働く子供らも、自分も皆痩せこけ、危険な労働の中何人もの仲間が死んだ。俺はある日、ついに指揮を取っていた男を殺した。

力では敵わないことを知っていた。だからそこそこ丈夫な仲間たちと手を組んで鉱山から抜け出し、家に帰る男の後をつけ、その家に火を放った。しばらくして男が死ぬ姿がまるで映画のワンシーンのように見えた。2階の窓から顔を出して助けを求める妻が見えた。その腕に抱かれた赤ん坊が見えた。

俺達はその後なんとかして逃げる算段だった。しかし、仲間の一人が逃げた先にいた男に捕まった。俺は助けようとしたが、他の奴らに阻まれてそれはできなかった。

俺は走った。そして、仲間の悲鳴を聞きながら、俺はその場を離れた。

俺は逃げた。逃げ続けた。 


俺は疲れて目も開けられずにいた。見つかれば殺される。だが無力な俺はがむしゃらに走ったあとどこかで倒れてしまったようだった。雨がザーザーと降り、俺の上を流れた。

「ああ、かわいそうに。こんなに痩せてしまって。」

「相変わらずだな、この町は。こんな子供ばっかりだ。」

俺は薄く目を開けた。二人の男がいた。

「…………あ、起きた。」

若い方の男がしゃがんで俺に触れた。

「どうします?生きてるみたいですけど。」

「……とりあえず館に連れ帰ろう。」

「わかりました。……ぼく、立てる?」

俺の脚はびくともしなかった。


「……アケル、アケル!」

ルティの声にはっと我にかえる。嫌な気分だった。

「リディア………。ああ、神よ……」

泣き崩れる母親と思われる女をよそに、火はどんどん大きくなる。

「ああ、神よ。」

小さく口に出してみた。俺はこれがチャンスだと思った。

「ここで待ってろ。」

ルティにそう言う。

「え?どういうこと?アケル?」

「大丈夫だ。お前は一人でも生きていける。」

俺はそのまま燃え盛る家に入っていった。

熱気が頬を刺す。火の周りが遅い場所を探して進む。

「おい!誰かいないのか!?」

返事はない。

「リディア!…ゴホッ、ゴホッ」

やがて奥に小さな女の子を見つけた。

瓦礫に足を潰されて動けなくなっているようだった。

「今助けるからな。大丈夫だ。」

俺は喉を焼かれながらその瓦礫を退けた。ひどい怪我だった。少女は泣きじゃくりながら俺の服を掴んだ。

崩落しつつある家を裏口から必死の思いで出ると、既に消防が来て野次馬は遠ざけられているようだった。

「リディア……!ありがとうございます。なんとお礼を申したら…」

母親が少女を抱きしめて泣いた。俺はそれを見るとそのまま逃げるようにその場を去った。できる限り知らない道を通っていつもはスルーする駅で電車に乗った。


 「アケルさん!?何事ですか。そんなに汚れて。」

「いや、ちょっと色々あって。」

「まあとにかくシャワー浴びてきてください。今日はお客様からお菓子もらったのでみんなで食べましょ。」

世話係と俺は互いにあまり干渉しなかった。いつでもビジネスの仲間という以上の関係を持つことはなかった。それが心地よかった。

シャワーを浴びて食堂につく。みんなはちょうど夕飯を終えたところだった。

「あ、お先に。どうします?クッキーだけ先食べますか?」

世話係は大きな菓子箱を開けるのに苦戦していたが、俺を見てそう言った。

「いや、飯食うわ。先食ってて。」

「そうですか……。あ、開いた開いた。」

俺は飯ができるのを待つ間、これでよかったのだと自分自身に言い聞かせた。後ろでは世話係たちがはしゃぐ声が聞こえた。


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