3 別れ
それから一年の月日が流れた。
大学入試が本格化し、学校も予備校も自由登校になっていた。つまり、僕がその河川敷を通る必然的な理由もなくなったということだ。
僕と彼女は相変わらず何かを約束することもなく、お互いのことを何も知らないまま、毎週水曜日の夕方に河川敷で顔を合わせ、彼女の歌に耳を傾けた。
ただ、それだけの関係だった。
それだけの関係が、終わりを告げようとしていた。
その日は本当に珍しいことに、雲ひとつない快晴だった。
「俺さ、もうここを通らないんだ」
「……えっ?」
キラキラと水面に反射する夕焼けに染まった彼女の横顔が固まる。
「俺、もうすぐ高校を卒業する。大学に入ったら、ここを通る理由もなくなるんだ。ライフスタイルが変われば、毎週水曜の夕方、ここに来られなくなる」
「そっか、そうなんだ。そうだよね……」
言い訳染みてしまった僕の言葉に、彼女は自分を納得させるように呟いた。
「ありがとう、あたしの歌を聴いてくれて」
「俺が聴きたいって言ったんじゃないか」
「それでもさ。あの日、あたしの声を聴きたいって言ってくれて、嬉しかったんだ」
彼女がはにかむ横で、僕は心臓を摘まれたような面持ちだった。
何か言いたいことがあるような気がした。言わなくてはいけないことがあるような気がするのに、気だけが急くばかりで、僕の口からは何も言葉が出てこなかった。
「もしさ、あたしが本当に歌手になれたら。また、あたしの歌を聴きに来てくれる?」
「……当たり前だ。応援してる、必ず聴きに行く」
「うん。……約束だからね?」
それが彼女と交わした最後の会話になった。
実は何度か思い出したように河川敷に足を運んでみたことがあるのだけれど、彼女の姿は一度も見つからなかった。それからの彼女を、僕は何も知らなかった。
いや、そもそも僕は根本的に、彼女のことを何も知らなかったのだ。連絡先も、何歳なのかも、本当に隣の市の高校に通っているのかも、名前すらも。
そんな馬鹿なことがあるのかよ、と自分でも思う。しかし、そんな当たり前の事実に気が付いたのは、僕たちの不思議な関係が終わりを告げた後だった。
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