第14話「“真実”を閉じ込めた」
冷たい風が吹き抜ける石造りの回廊。ノエルは足音を殺しながら、迷路のように入り組んだ廃墟を進んでいた。〈記録の書庫〉かつて国家が忌まわしい記憶を封じ込めた場所。その最奥に、“真実”はあるはずだった。
「本当に……ここにあるのか?」
つぶやいた声は、天井の高みで反響し、すぐに闇に吸い込まれていった。胸の奥で、何かが静かに軋む。それは恐れでも、怒りでもない。覚悟の音だった。
背後で、リコリスの足音が止まる。「ノエル、気をつけて。この空気、妙に重い」
ノエルはうなずくと、扉に手をかけた。封印の紋章が赤黒く脈動している。ここが〈記録者〉の最後の居場所。そして、黒ローブの女が求め続けた“真実”の眠る場所。
ノエルは記憶を探るように、そっと呟いた。「“鍵”は……感情の断片」
過去に見た夢の中で、確かに誰かがそう言っていた。彼女自身の記憶か、誰かのものか、もう分からない。ただ一つあの感情だけは、確かだった。
「開け」
その一言とともに、扉の紋章が音を立てて砕け、重々しく開いた。
中は異様に静かだった。天井の高い円形の空間、壁一面に無数の記録球が浮かんでいる。それらは、人々の記憶、歴史、真実、そして――嘘。
「ようこそ、“記録の心臓”へ」
声とともに、空間の中心に一人の人物が現れる。黒ローブの女――だが、その姿は以前よりも老いていた。頬はやつれ、瞳には深い闇が宿っている。
「まさか、あなたが……“記録者”だったの?」
ノエルの問いに、女は微笑んだ。「記録者など、ただの役割にすぎない。私たちは“真実”を見届け、時にそれを――破壊する者」
「あなたは何を守ろうとしたの?」
女は記録球の一つを手に取り、ノエルの目の前に差し出した。その中にはノエルの生まれる前、“世界がひとつ崩壊した”記憶が封じられていた。
「これは、君の父が選ばなかった真実」
記憶球の中で、かつての王ノエルの父が、都市を一つ焼き払う決断を下した記録が再生されていた。民を救うため、より多くを犠牲にする選択。だが、表向きにはその決断は「なかったこと」にされていた。
「そんなの……なぜ、誰も……!」
「“真実”は時に、人を壊す。だから私は、それを封じた。君の父に代わって」
ノエルは震える声で言った。「でも、それはあなたの判断だ。誰にも話すことなく、記憶を隠して……それで、誰かが救われるって思ってたの?」
女の沈黙が、答えだった。
リコリスが一歩前に出る。「この記録、渡してもらう。私たちは“見る覚悟”がある」
「覚悟だけで済むと思うか?」
黒ローブの女の手が宙を裂いた。無数の記録球が砕け、空間に記憶の嵐が吹き荒れる。過去の戦争、裏切り、虐殺、歪んだ友情。人々が見ないことにしてきた“真実”が、ノエルたちに牙を剥いた。
だが、ノエルはその中に立ち尽くす。
「知ることは……終わりじゃない。私は、そこから始めたい!」
叫ぶ声とともに、ノエルの記憶がひとつ浮かび上がる。幼い頃、父の背中を見つめた夜。静かな覚悟が、今の自分へと繋がっている。
「ならば見届けよ」
黒ローブの女は最後の記録球を手にし、自らの胸に突き刺した。光が弾け、空間が音もなく崩れ落ちる。
残されたのは、ただ一つの記録球。ノエルはそれをそっと抱え、顔を上げた。
「私は、選ぶ。“真実”を閉じ込めるんじゃない。語り継ぐ」
風が止んだ。
記録の心臓は、静かにその役目を終えた。
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