15.捕らわれた鬼 -神威-


夕方、ベッドの上で目が覚めたボクを

心配そうに覗き込んだのは華月。



「華月、ボクはどうしたんだ?」


「ご当主、心配致しました。


 桜塚神社でお倒れになっているのを、

 柊佳殿が神前までお連れくださいました。」




それと同時に、壁の受話器をとって

華月は何処かへと連絡していた。


暫くして白衣姿の医者と看護師が部屋に入って来ると、

一通り、ボクの状態を確認して出ていった。



退室の間際、退院しても構わないと華月に伝言を残して。




万葉と合流の後、ボクは総本家へと車で戻る。





総本家の敷地内、龍の岩まで赴いて

昨日のお礼がてら、感謝を込めて手をあわす。





思い通りに何かをすることは出来ないけれど、

念じて思い続ければ、ボクにだって何かを成すことが出来た。



それはボクにとって、かけがえのない嬉しい形。




総本家の敷地の庭をゆっくりと散策して、

桜殿を見つめる。



今日は煩い華暁はその場所に居ない。





暫く見つめ続けていた桜殿から目を反らして、

自室へと戻ると、いつものように日課をこなして眠りについた。






翌朝、起きた頃に大きなヘリのプロペラ音が聞こえて、

慌てて部屋の外に飛び出す。




ヘリから姿を見せたのは飛翔。






「飛翔、お疲れ様でした」





少し眠そうな飛翔に声をかけて迎え入れる華月。




「神威調子はどうだ?」


「元気だよ。

 力さえ回復したら元通りだよ。


 それより、酷い顔だけど。

 少し寝れば?


 ボクもまだ大人しくしておいてあげるよ」





照れ隠しに伝える言葉。




本当は、今すぐにでも桜塚神社に行きたいけど

ボクが飛び出すと、アイツは一緒についてきそうだから

今は寝かせてやるよ。



午前中の間は。





その間にボクは、

学校の課題をしてコンピューターで解答を送らないといけないから。






「華月、部屋で勉強してる。

 飛翔が起きたら連絡して」







部屋に戻って勉強をしながら、

ふとボーっとした時に、意識が流れ込んでくる。






それは今日から感じボク自身の異変。




今までは、眠っている間に夢を見ているだけだったのに

今日は……ふとした時に、映像が流れ込んでくる。



瞼の裏に映し出されるように、

思い出を辿るように、見知らぬ映像が記憶の泉から溢れ出るように。





伝えられるのは、あの鬼の姿。






あの鬼が、寂しそうな目をして誰かを剣で斬りつけた。



赤い血が、刃を伝って地面へと吸い込まれていく。


その血を吸ってか、地面が真っ赤に広がって

天から、紅葉の葉っぱが地面いっぱいに敷き詰められていく。




その真ん中で、ボクの知るあの鬼は

苦しむように呻き倒れていた。





助けたくて、必死に「手を伸ばしたい。助けたい」と念じるものの

ボクの手は、空間を彷徨うだけど、あの鬼を掴み取ることは出来ない。




*



友殺しをしたボクの罪を知って軽蔑しないで




*




鬼の悲痛な想いが、ボクの中に真っ直ぐに突き刺さる。







勉強をしながら、何度も何度も繰り返されるその映像に

不安が留まることはない。




勉強を始めてから、もう3時間。



本当はもう少し眠らせてやりたいが、

もうタイムリミット。





「華月、飛翔を起こせ。

 状況が変わった。


 桜塚神社に向かう」




部屋のドアを開けて声を出すと、

慌ただしく、邸の中が動き出す。





着替えを済ませて、総本家の敷地内の奥にある洞窟の泉で

禊を終えると、呼吸を整えて飛翔の前へと足を進めた。



3時間の仮眠を終えて、

強制的に起きてきたアイツがオレを迎える。





「万葉・華月、飛翔。

 お前たちの知る手札を示せ。


 今、またボクの中に助けを求める鬼の意識が流れ込んできた。


 だからボクは、今一度桜塚神社に向かう。

 桜瑛と、さくら・柊にも連絡を」





そのまま飛翔を連れて、ボクはヘリへと乗り込む。




ヘリの中で、飛翔が知る一連の情報を聞き出して

ボクたちは再び、桜塚神社へと足を踏み入れた。





踏み入れた桜塚神社の空気は、また淀んで真っ黒に見えた。





先に到着していた、柊・桜瑛・暁華と合流して

ボクたちが、神社の境内に到着した時、倒れ込む鬼の姿と

咲と共に行動していた二人の少女が、

対面する誰かをまっすぐに見据えているようだった。





「神威、対面しているあの顔……報告にあった依子と言う人物だろう」




飛翔がボクに小さく告げる。




「依子?

 何故、そいつが此処で関わる?」


「そこまでは情報があがってない」




今一度、呼吸を整えてボクは龍の刻印が浮かび上がる場所を見つめて、

じっくりと念じ続ける



*


あの者を助け出す力が欲しい。


*




その背後から、聴きなれた声が響く。




「浄化の焔よ」




桜瑛の声と、桜瑛が操る鈴の音が周囲を包み込み

アイツの掌から、炎が迸る。




その直後、柊もまた召喚していたのか

天が割れて降り立った、髪を揺らす女性。



蒼龍の存在。



顕現した蒼龍は、大きな水の渦の中に

依子と飛翔が言っていた存在を、巻き上げて

天高く消えていく。




薄らいでいく姿の中で、蒼龍は鬼に告げる。




『桜鬼神、我が手を煩わすは何用か?』




その鬼は消えゆく蒼龍の姿にただ頭を下げて詫び続けているようだった。





蒼龍が消えた後、木々は嬉しそうに葉を揺らして

喜んでいるように感じられた。





蒼龍が一気に清めた周辺の不浄。






ボクは倒れ続ける鬼の元へと歩いていく。






「宝さま、神子様方。

 どうぞ今宵は我が家へ」




咲久が駆けつけて、ボクタチに声をかけると

そのまま鬼の元へと近づいて膝をつく。




「和鬼さま。

 今宵は、この咲久の家でお休みくださいませ」




そう言って、その場に居た二人の少女と境内で別れて

鬼を抱き上げると坂を降りて自身の家へと連れ帰った。







夜、咲久の家を後にして、何度か桜塚神社の境内へと足を運ぶ。





この神社の結界を弱めている何かを探すために。



柊を中心に、何かを探していながらも

ボクは眠り続ける鬼が気になって仕方がない。




境内から坂を降りて、鬼が眠る部屋の窓が見える場所へと移動する。






するとベランダへと続く窓ガラスが開いて、

あの鬼が姿を見せた。





「鬼神、体は回復したのか?」



何と呼べばいいのかわからなくて、

とりあえず「鬼」と呼びつけるわけにも行かないだろうと

『鬼神』と声をかける。




「神威、何をしている」


「飛翔、部屋を抜け出した鬼がいる」



アイツに説明しながら、鬼の居場所を指さす。



だけど飛翔には、鬼の姿は見えていないのか

首を傾げるだけだった。



その間に鬼は、ベランダから飛び降りて

境内の方へと舞い降りた。



その鬼の後をボクも慌てて追いかける。



「神威、暁華と柊さまと三人で、

 神社の境内の隅々まで見てきたよ。


 でも何処にもないの。


 柊さまの力でも、この地の気を乱すものが

 見つからないの」




桜瑛たちの声が聞こえて近づいてきた後、

柊も姿を見せる。



「大丈夫ですわ。


 桜鬼神の守りし結界を覆うように、

 氷蓮(ひれん)が修復してくださいました。


 暫くの時は作れますわ。


 鬼神の名を持ちしもの。

 今は休まれているはずでは?」



柊も鬼の姿が見えるのか視線を捕える。





ボクたちの視線に気が付きながらも、

鬼は何かをするでもなく無言で桜の木の前に立って、

ゆっくりと目を閉じて手を翳す。







ボクも眠さと格闘しながら、

見よう見真似で、鬼と同じように桜の木に手を翳す。





叶うならば同じものを共有出来ますように。




手を翳した直後、瞼の裏に映し出されるのは

咲と言う少女が、消える瞬間。






視えた……真実。






慌てて目をあけて、鬼を捕える。




「どこかに行くのか」




鬼に問いかけると、鬼はそのままの頷いて

桜の木の中へと消えていった。






鬼が消えた桜の木を見つめながら、

ボクの瞼の裏は、次のビジョンが浮かび上がっていた。




鬼が真っ黒な闇に何かに絡めとられる様を……。





捕らわれているのか?

あの鬼はすでに……。




だからボクは、この夢を見続けるのか?




ボクの想いは、あの鬼に届かない。

ボクはこんなにも、お前を助けたいのに。



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