14.消えた少女 倒れた神威 -飛翔-



アイツを海神寮に送り届けた後、

いつものように遅れている研修を取り戻すように

鷹宮での勤務につく。



同期の奴よりも、家のことに時間を裂かれているが故に

遅れをとるようなことはしたくない。



そう言う負けず嫌いなところは昔から変わらない。




カルテに目を通して、そのまま救急業務を手伝いながら

パーティーリーダーの嵩継さんの元で仕事に明け暮れる。



急患と急患の合間、時間を見つけては縫合の練習を繰り返す。



縫合と結紮だけを針と持針器を操りながら、

ひたすら縫合マットと格闘を続ける。



「お疲れさん。


 早城、次までは少しは仮眠しろよ。

 家のことで寝れてねぇんだろ?」



そう言いながら俺の方に近づいてきては、

縫合マットを覗き込む。



「まだ糸の加減があまいな」



嵩継さんはそうやって言うと、

コーヒーメーカーの方へと移動していく。



珈琲の香りが部屋中に広がって、何かが開く音がしたと思ったら、

嵩継さんは俺の方へと、マグカップ二つと袋を持って戻ってきた。




「ほいっ。

 お前さんの珈琲な」



デスクの上にコトリとマグカップを置くと、

そのまま嵩継さんは珈琲を飲みながら、じっくりと視線を

俺の練習マットに視線を落とした。



「だよなぁー。

 マットはマットだからな……」



意味深に呟くと、マグカップを置いて

袋から取り出してきたのは、手羽先とこんにゃく。




「手羽先とこんにゃく……ですか?」


「そうそう。

 手羽先と、こんにゃく。


 まぁマットばっかりで練習するよりは、

 勉強になるだろ。


 ほらっ、借りるぞ。

 まずは手羽先から……こうやって」



普通に会話をしながらも、規則的に動き続ける両手は

糸も簡単に、手羽先も、こんにゃくも縫合・結紮を終えてしまう。




「まっ、俺もそこまで器用じゃないから

 決して上出来とは言えないがな。

 

 まっ、そこそこ見栄えもあって、傷口も縫えてる。

 スピードもそれなりに出てきたしな。


 院長と御大には、もっと細やかに丁寧にって何度も言われたな。


 こんにゃくは、切り目を入れて縫合するのは心臓外科医を目指す奴も

 練習するらしいぞ。


 まっ、お前さんも貪欲に吸収しろや」



そう言って、見本のようにそれぞれに縫合と結紮を施すと

再び針と持針器を俺に私て、デスクに持たれながら珈琲を飲みほす。



そんな時間に、突然院内に鳴り響いた一本の電話。




「はいっ、安田」



嵩継さんが電話を取ったものの、その電話は

すぐに俺の方へと回される。




「早城、徳力さんから電話だ」



そうやって受話器を渡されると、電話の向こう

華月の声が聞こえた。




「飛翔、仕事の後でいいから神前にいらして。

 ご当主が桜塚神社で、倒れているところを柊佳殿が発見されて

 お連れくださったようなの。


 今から海神校に赴いて、関係者の方にもお詫びしてこないといけないし。


 真夜中に寮を抜け出されるなんて」



「仕事明けに顔を出す。

 華月、悪いが海神の方頼んだ」


「えぇ」


「無理すんなよ」




それだけ告げて電話を切りながら、

拳を作って、デスクに叩きつける。





「おいおいっ、どうした?

 また何かあったか?」


「すいません。

 仕事に戻ります」




その後も明け方まで、何台か続いた救急車の対応をして

その日の勤務を無事にやりおえる。



次に俺が顔を出すのは、午後からでいい。



その間に、少し顔を出すかっ。




9時頃、鷹宮を後にして神前へと車を走らせる。



神前の受付で、アイツの名前と身分証明を掲示して

VIP専用の建物の一室へと向かう。




「遅くなりました」



ドアを開けて中に入ると、柊が俺の方を見た。




「飛翔殿お疲れ様です。

 華月殿は、海神校からこちらへと向かっておられるようです」


「すいません。

 神威が世話になったようで」


「桜塚神社の結界が崩れたように思いましたので、

 慌てて駆けつけましたら、すでに宝さまが対応なされた後でございました。


 私が到着した時には、金色の雨が降り注いで一瞬にして

 全ての不浄を清められておりました。


 それ故、お疲れになられたのでしょう。

 伊舎堂先生は、大事【だいじ】ないと仰せでした。


 お目覚めになられましたら、退院も叶いましょう」


「そうでしたか」



アイツの傍に近寄って、眠り続けるアイツの手首をとって

バイタルを確認する。



バイタルを確認して、ようやくほっとする俺自身。



目覚めぬアイツの傍、鞄から取り出した本を読みながら

時間を過ごし続けた。



10時半を回った頃、華月と万葉が病室に到着する。




週末まで再び、学校を休むことを告げて、

このまま夏休みに突入することになった神威。




「それでは、私はこの場で」



華月と入れ違いにお辞儀をして病室を出ていく柊殿を見送って

万葉がゆっくりとノートパソコンを開いた。





「飛翔さま、どうぞこちらの防犯カメラのデーターをご確認ください」




そう言って万葉が開いた映像は昨日のあの神社の少女が映る映像。



「当デパートのカメラが最後にとらえたのは、

 3階のレディース服の南側のお手洗い前。


 この場所で、一人の男の子を保護して1階のインフォメーションセンターへ。

 インフォメーション前で子供の保護者と対面した直後、

 彼女は南出口から飛び出して店内を後にています。


南出口から飛び出した場合、街中にあるカメラは5か所。


 各企業関係者に協力を要請して、確認させて頂きましたところ

 譲原咲さんが確認されたカメラは、最初の2か所まで。


 紫陽花公園と呼ばれているあの場所で彼女は忽然と姿を消しているようです。


 今朝方、桜塚神社の咲久殿からも、孫が帰宅しないと連絡がありました」




一礼して万葉は状況を告げた。





消えた少女の謎って、神隠しか?

しかし、非日常的な出来事が次から次へとおきやがる。 

  





「華月、お前は神威を頼む。


 万葉、昼には鷹宮に戻らないといけない。

 本社からヘリで、桜塚神社に向かう。


 万葉も頼めるか?」


「はい。至急、ヘリの手配をします」




病室を飛び出して、本社まで俺の車で向かうと屋上まで駆け上がって

用意されたヘリへと乗り込む。


ヘッドセットをはめて、外側からドアが閉じられると

ヘリは屋上からすぐさま離陸した。



桜塚神社近くの海神校のヘリポートに、承諾を得てヘリを着陸させて

そのまま神社まで道を急ぐ。





桜塚神社のすぐそばにある、譲原家を訪問する。





少女は今も見つからなかった。




俺たちが持った手札を開示した後、

咲久殿はゆっくりと口を開く。





「孫が保護をしたのは娘と再婚相手の間に生まれた子のようです。  

 咲は、娘に置き去りにされた後も、母のことを思い続け慕う孫でした。

 

 ショックだったのでしょう。


 昔、桜鬼神【おうきしん】に聞いたとことがあります。


 人は生きることに絶望した時、真っ白い手招きが見えるのだと。

 その手をとった時、異次元の世界へと連れられるのだと。


 咲も……それ故に、消えてしまったのかもしれません。

 ですが……孫には和喜【かずき】がいます。


 和喜の存在が、咲を助けてくださると儂は信じているのです」



「咲久殿、その和喜と言うのは以前からTVを賑わせていた、

 YUKIのことなのでしょうか?」


「YUKIと孫の大切な和喜が同一なのかは、儂にはわかりません。

 ですが……今、儂に出来るのは、信じる者たちを案じ祈り続けることのみです。


 どうぞ、この地をお導きください」



そのまま咲久殿は、深々とお辞儀をした。



譲原家を後にして、神社の方へと向かい

一通り、アイツが倒れていた場所を確認してヘリポートから本社へと戻り

そのまま午後からの仕事へ戻った。




その帰り道にも、次々と万葉の元に入る報告を受け続ける。




鷹宮での勤務につきながら、

ふとしたひょうしに、脳内はあらゆる情報の整頓に力が入る。




消えた桜塚神社の孫。


桜塚神社が騒がれ始めたきっかけを作ったアーティスト・YUKI。


突如、芸能界から姿を消したYUKI。

YUKIが移籍する前の、事務所トラブル問題。


その会社の社長令嬢・依子の存在。

その依子の存在も今は足あとを辿れない。



最後に、神威が夢を見続ける桜塚神社を守り続ける鬼。





断片的な情報に振り回されながら、

俺は必死に、この現実と向き合おうとしていた。 


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